「動物共生権」という新しい人権について考える

文:島 昭宏(しま あきひろ)

動物たちを守るために、ペット・ショップなどの動物取扱業者に規制をかけるには、それによって何らかの人の利益が保護されることが必要だという話を、前回させていただきました。業者に対する強い規制は、憲法で保障される「営業の自由」を制約ないし侵害することになりますので、そのためには、それに見合った理由が必要です。この「見合った」とは、日本の法体系においては、単に動物の生命・身体の保護ということではなく、人間の権利ないし利益に関連付けなければなりません。

これと類似の論点として、刑法における保護法益についての議論があります。例えば、人を傷つけたり、殺してはいけないという規制に対する保護法益は、人の身体・生命であり、他人の物を盗んではいけないという規制のそれは、人の財産権(所有権や占有権)ということになります。

この点について、一橋大学の青木人志教授は、『日本の動物法』(東京大学出版会)の中で、愛護動物虐待罪などの動物虐待関連犯罪を例に挙げて、「人間社会の決まりである法律に定められた犯罪の保護法益は、当該犯罪が『どのような人間社会の利益を保護しているのか』という観点から、あくまでも『人間と関連づけて』定められるべきもの」であり、「動物虐待関連犯罪は、動物を行為の直接の客体として、動物への殺傷行為や虐待行為や遺棄行為を処罰するものではあるが、その保護法益は動物そのものではない」と述べています。そして、これらの犯罪の保護法益を考えるにあたっては、動物愛護法の目的規定である1条を参照すべきとして、「『動物を愛護する気風という良俗』(動物愛護の良俗)に求めるのが妥当だろう」と自らの意見を述べられています。

動物の愛護及び管理に関する法律

第一条  この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。

 

「良俗」とは、健全な風俗とか、よい慣習というような意味で、動物愛護についても、これを維持することを人にとっての利益だと考えられているわけですね。

僕は、この意見には賛成しますが、更に一歩進めて、「動物共生権」という新しい人権についての議論を始めてはどうかと思っています。上記の動物愛護法の目的も、結局のところ、「人と動物の共生する社会の実現を図る」ことです。動物との関りを避けることのできない人間にとって、動物の命を尊重し、良好な関係を築き上げることは、より豊かな社会を創っていくうえで極めて重要なことと言っていいでしょう。そこで、人と動物の共生する社会で暮らすことは、もはや国民ひとり一人にとっての権利だと考えることは、特に突飛な発想とは言えないのではないでしょうか。

「プライバシー権」のように、憲法に書かれていなくても、時代の流れの中で、ある利益が憲法上の保障を必要とするにいたったという場合には、それは新しい人権となります。「知る権利」は、表現の自由を保障する憲法21条から派生する権利と言われますが、多くの場合は、憲法13条の幸福追求権を根拠とし、更に国による政策を要するという場合には、25条の社会的生存権をも根拠とします。近年、話題となっている「環境権」も、13条と25条から導かれる新しい人権とされています。

では、動物共生権とは、具体的にどんな権利でしょうか。つまり、人と動物の共生する社会とは、どんな社会なのでしょう。権利として主張する以上、その内容をしっかりと議論しておかなければなりません。

そのヒントは、イギリスの畜産動物福祉協議会(FAWC)によって1980年代半ばから90年代前半にかけて整理され、動物福祉(Animal Welfare)について定式化されたいわゆる「5つの自由」(The Five Freedoms)にありそうです。

  • 十分な健康と活力を維持するための新鮮な水と食餌の提供による「飢えと渇きからの自由」
  • 風雨からの退避施設や快適な休息場所を含む適切な環境の提供による「不快からの自由」
  • 予防や迅速な診断と処置による「苦痛、傷害、疾病からの自由」
  • 十分な空間と適切な施設で同一種の仲間とともに過ごすことによる「正常な行動を発言する自由」
  • 心理的な苦痛を回避する条件と取扱い方を確保することによる「恐怖と苦悩からの自由」

これらの福祉原則は、今ではイギリスの「2006年動物福祉法」にも、畜産動物に限らず人間以外の脊椎動物全体について妥当する基本的ルールとして取り込まれています。日本の動物愛護法においても、2012年改正で、第2条の基本原則に2項が追加されたことで、「恐怖と苦悩からの自由」を除く4つの自由の趣旨が明記されたといわれており、もはや世界的にも承認されていると言っていいでしょう。

動物の愛護及び管理に関する法律

第ニ条(基本原則)

1項 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に扱うようにしなければならない。

2 何人も、動物を取り扱う場合には、その飼養又は保管の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、適切な給餌及び給水、必要な健康の管理並びにその動物の種類、習性等を考慮した飼養又は保管を行うための環境の確保を行わなければならない。

したがって、理念的にいえば、この「5つの自由」が、動物との共生を判断するための重要な指標となると考えていいでしょう。それを前提として、具体的な社会の在り方の議論を深めていくことができれば、動物共生権の実現へと近づいていくものと思います。

動物共生権が認められれば、業者への強い規制の根拠となるだけではなく、例えば、動物愛護団体等が、劣悪な環境で飼育されている動物の存在が、自己の動物共生権を侵害しているとして、飼育環境の改善を求めることも理論的にはあり得るでしょう。同様に、必要最小限を超えるような動物実験を減らすよう求める訴訟を提起することも可能になるかもしれません。

もちろん、法技術的には簡単なことではありませんが、このような議論を始めることは、少なくとも、動物愛護法が目的とする人と動物の共生する社会の実現に寄与することになるのではないかと考えています。

ABOUTこの記事をかいた人

島 昭宏

1962年名古屋市生まれ。1985年よりロック・バンドthe JUMPSボーカル。翌年にはブルーハーツらとオムニバス・アルバム『JUST A BEAT SHOW』を発表し、現在まで多数のCD等リリース。また、時代の転換期に直接対峙すべく、2010年末に弁護士となり、2014年には約4000名の原告による原発メーカー訴訟の弁護団共同代表として、新しい人権「ノー・ニュークス権」を提唱している。現在は、この人権を広めるため、「島キクジロウ&NO NUKES RIGHTS」としても活動し、2015年8月にはCD『ROCK'N'LAWYER宣言』をリリース。アーライツ法律事務所代表、日本環境法律家連盟(JELF)理事、東京弁護士会環境委員会副委員長・動物部会長、一般社団法人えねべん代表理事。