きっかけは、一冊の写真集との出会いだった。
『SHELTER dogs|traer scott』
2006年にハードカバー、2009年にペーパーバックとして発刊され、世界中で5万冊以上が販売されたその写真集は、米国プロビデンスを拠点にファインアートや商業写真を手がける女性フォトグラファーのTraer Scott女史がシェルターを訪れ、撮り続けてきたシェルタードッグ達のポートレートをまとめた一冊である。
出典:http://www.traerscott.com
ここで言う「シェルター」とは、飼い主の飼養放棄などにより行き場を失った犬や猫といった動物達を一時的に保護し、新たな家族を探す活動を行う動物達の保護施設のことを指す。
彼女の手によって写真のなかに収められたシェルタードッグ達は一頭一頭が名前を持ち、時には激しい感情を露わにし、時にはユーモアを感じさせる表情をしている。そう、当たり前のことではあるが、それぞれが個性や感情を持っているのだ。
そして、全ての写真から共通して伝わってくる、見る者の心を惹きつける強さと美しさは、それまで私が持っていた「保護犬」のイメージとは大きくかけ離れたものだった。
欧米では、彼女のような写真家達の活動が、シェルタードッグに対する認知や理解の拡大、シェルターによる保護活動や里親探しを推進する一助を担っている。
フォトグラファー 高橋 優也
Traer Scott女史の写真を見ながら、私の頭の中には一人の若手フォトグラファー の顔と写真が思い浮かんだ。
出典:https://www.instagram.com/yuyatakahashi.monster/
フォトグラファー 高橋 優也。1993年埼玉県生まれ、若干23歳の彼は、日本写真芸術専門学校在学中から、浜崎あゆみやレディー・ガガ、安室奈美恵や松任谷由実など数多くの著名人の撮影で知られる世界的フォトグラファーであるレスリー・キー氏にその才能を見初められ、レスリー・キー氏の元で写真や演出の技術を学んだ後、約3年という短期間で独立。
独立に際し、“MONSTER by LESLIE KEE” という師の名を冠したフォトグラファーネームを授かるほどに将来を有望視される若手フォトグラファーである。
出典:https://www.instagram.com/yuyatakahashi.monster/
普段はファッション誌やアパレルブランドのルック撮影といった商業写真を主な表現の場とし、主に人物写真を得意とするフォトグラファーだが、彼の撮る独特の雰囲気の写真は、被写体となる人々の本質を写し出し、見る者を惹きつける強さと美しさを持っている。
彼ならば、シェルタードッグに対する先入観もなく、一頭一頭の個性や感情を捉え、本質を写し出した作品が撮れるのではないかと思い、Traer Scott女史の「SHELTER dogs」を見てもらいつつ撮影を打診してみたところ、少し考えた後に「やってみます」という返事をくれた。
アーク(ARK: Animal Refuge Kansai)|アニマルレフュージ関西
出典:http://www.arkbark.net
フォトグラファー 高橋 優也からの了承が取れた私は、撮影に協力いただけるシェルターを探し始めた。常に人手不足と戦いながら保護犬達の世話をしている状況なので、いくつかのシェルターからは断られたのだが、一度まずは見学に来てみないかという返事をくれたシェルターがあった。
アニマルレフュージ関西、通称「アーク(ARK: Animal Refuge Kansai)」と呼ばれるそのシェルターは、大阪府の北西部、京都府と兵庫県とに接するあたりに位置する能勢町という山間地区に、現在の代表エリザベス・オリバー女史によって1990年に設立された。アークでは、様々な理由により保護された犬や猫達の心身のケア、社会化トレーニング、里親探しといった活動や、望まれずに生まれてくる犬や猫をなくすための不妊去勢手術の推奨や日本の動物福祉水準の向上の為の啓蒙活動を行っている。設立以来、3500頭以上の犬達、1500頭以上の猫達と里親との縁を繋いできた日本を代表するシェルターのひとつである。
フォトグラファー 高橋 優也と共にアークを訪れ、日本国内でのシェルタードッグの存在やシェルターの活動に対する認知や理解を広げるための写真を撮り発表したいという旨を代表のエリザベス・オリバー女史へ話したところ、快く撮影にご協力いただけることになった。
そして奇しくも、Traer Scott女史とアークとは過去に共同で展示会を開催したこともあり、親交があるという。
撮影当日
撮影当日、アークを初めて訪れた犬達が過ごす一室を撮影のために用意していただき、アークスタッフの方々に先導されてきたシェルタードッグ達とフォトグラファー高橋 優也とが部屋のなかで対峙するかたちで撮影が進められた。
楽しそうに人懐っこい表情を見せてくれる子、少し不安そうにシェルタースタッフのほうを見上げる子、じゃれ合おうと抱きついてくる子、まさに一頭一頭の個性や感情を目の当たりにさせてくれる時間だった。
Shelter Dogs in Japan
タンタン(『Shelter Dog in Japan』より)
こうして、フォトグラファー 高橋 優也が撮り下ろした作品が『Shelter Dogs in Japan』である。
1年間に21,593頭。これは環境省が発表している平成26年度に地方自治体によって殺処分となった犬の頭数。飼い主からの持ち込みや所有者不明などで地方自治体が引き取った53,173頭のうち、約40%が殺処分されているという計算になる。
その数字から約10年遡った平成16年度には、181,167頭が引き取られ、86%に及ぶ155,870頭もの犬が殺処分されていたことを考えると、状況は改善してきていると言えるのかもしれない。しかし今もなお人間の身勝手により命を失う犬達が存在することは事実である。
そして、そういった行政による殺処分減少の影で、行き場を失った犬達の命を繋ぎ止めるべく活動しているのが、アークのようなシェルターと呼ばれる犬の保護施設である。シェルターの活動によって、多くの犬達が殺処分という運命から救い出されている。
ハグ(『Shelter Dog in Japan』より)
『Shelter Dogs in Japan』に登場する犬達は、飼い主の飼養放棄により捨てられた犬、無理な多頭飼育からレスキューされた犬、愛する家族が亡くなってしまった犬…、それぞれに過酷な過去を持っている。
しかし、いずれの犬達も、それぞれの個性と感情を持ち、シェルタースタッフの力添えを受けながら強く生きている。
彼らの生きる姿から、皆さんは何を感じ、何を考えますか?
Special thanks to Mis. Traer Scott
日本のシェルタードッグの撮影について、Traer Scott女史は、以下のようなメッセージを送ってくれた。
I am very supportive of anyone using photography to help get shelter dogs adopted.
I appreciate you letting me know your intentions and I wish you the best of luck, I hope that you have great success with your project and help to save dog’s lives!
そして撮影した作品に対しては以下のようなコメントをいただくことができた。
I am so impressed with what you have created.
The photos are beautiful. I’m really very honored to know that this project is inspired by my work and am so happy to have the title “Shelter Dogs” live on in your work.
我々にこのようなきっかけを与えてくれた彼女に、心からの感謝の意を表したい。
文:Tomohiro Mikami(『Shelter Dogs in Japan』プロデューサー)