ペット流通の健全化と「憲法的な視点」

文:島 昭宏(しま あきひろ)

前回お知らせした東京弁護士会環境委員会・動物部会主催によるシンポジウム「人と動物の共生する社会の実現へ-あるべきペット流通を考える-」では、主にペット業者をどう規制するかという問題について、活発な議論が交わされました(参考:弁護士ドットコムニュース)。

殺処分をなくすために、多くの愛護団体やボランティアの人たちがどんなに奮闘しても、ペットショップで売れ残ったり、ブリーダーのもとで子どもを産めなくなったり、というような事情で、流通の流れからはじき出されてしまう動物たちの数を減らさなければ、問題は解決しません。保健所が、持ち込まれた動物の引き取りを拒否して、殺処分が減ったとしても、昨今報道される大量遺棄事件のように、闇に葬られる動物たちが増えてしまっては、何の意味もないのです。したがって、蛇口を閉める、つまりペット流通の健全化は、国民全体の意識の向上と並んで、動物福祉を考えるうえで最も重要なテーマです。

具体的には、8週齢規制、飼養施設基準の明確化、マイクロチップ義務化、動物取扱業者の許可制導入といったところが、法改正の論点となっています。

ただ、これらの点について議論される際に、「憲法的な視点」が欠けていることを強く感じたので、ここで少し説明させていただきたいと思います。

この左右のバランス(これを「人権バランス」と呼びことにしましょう)が取れているか、という視点が重要。

つまり、ペット業者を規制するということは、彼らの活動を制約したり、また動物を取り扱う仕事への参入を制限することになります。人は、本来、自由に自分の仕事を選んだり、営業を営む自由を有していますから、それを制約するには、しっかりとした根拠が必要なわけです。それが「公共の福祉」による制約ということになります。

憲法22条1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

公共の福祉とは、簡単にいえば、人権と人権が衝突する場合の調整原理を意味します。シンポジウムの時にも話が出ましたが、例えば、自動車の制限速度は、ドライバーが自由なスピードで運転するという権利を制約しますが、それは、交通事故によって生命・身体などを害されないという権利との調整ということになります。自動車を運転するためには、運転免許を取得しなければならないという制約も、同様の理由と考えれば、誰もが納得できるでしょう。

もちろん、この場合も、制限速度や免許取得の要件があまりに厳しいと、人権バランスが崩れてしまいます(これを「比例原則違反」といいます)。

それでは、ペット業者への規制はどうでしょう?

例えば、犬も猫も、8週齢(生後56日)までは販売してはいけないという規制が最も重要との意見があります。8週齢以前に家族から引き離すと問題行動につながり(人を噛んだり、無駄吠えをする等)、それが原因で飼い主から捨てられてしまうという弊害を除去するための規制です。

しかし、この規制が実施されると、ペット業者は、現在の7週齢に比べてあと1週間、すべての動物を自分で育てないといけないし、子犬、子猫の最も可愛くて売りやすい時期を逸するということになるかもしれません。このことは、多くのスペース、飼育費、人件費を要する反面、売上げの減少にもつながりかねないという、大きなリスクを業者に強要することになります。場合によっては、廃業する業者も出てくるかもしれません。

では、職業選択の自由ないし営業の自由に対して、これほど重大な制約を課すことによって、保護される人権は何でしょう?

残念ながら、日本では、動物の権利は認められていないので、あくまでも人の権利でなければなりません。不幸な動物が減るんだったらいいじゃないか、とも思いますが、それだけでは、人権バランスの右側が不在で、違憲の疑いのある法律ということになってしまいます。

僕は、シンポジウムの後も、この問題をずっと考えてきました。現在、動物愛護法では、改正の議論が始まっていて、この8週齢規制については、科学的知見の充実を待って実施するということになっています。そのため、環境省では、統計をとって、その結果をまとめようとしているようです。これに対して、そんなものを待つ必要はない、8週齢規制はアメリカでは有効だという研究結果が報告されているのだから、日本でもすぐに実施すべきだ、との声も大きくなっています。しかし、先ほど述べた通り、8週齢規制はペット業者の生活を直撃する重大問題です。したがって、それを実施するためには、十分に合理的な根拠が必要なのです。

そこで、僕は、これを調整するための人権として、「動物共生権」という新しい人権を考えてみたらどうかと思いつきました。

これについて、また次回、ご説明させていただきたいと思います。

今回は、ちょっと堅い話ばかりになっちゃったんで、最後に、被災地に取り残されちゃった犬たちのことを歌った「捨てられJumpin’ Dog」、よかったらご覧ください。

ABOUTこの記事をかいた人

島 昭宏

1962年名古屋市生まれ。1985年よりロック・バンドthe JUMPSボーカル。翌年にはブルーハーツらとオムニバス・アルバム『JUST A BEAT SHOW』を発表し、現在まで多数のCD等リリース。また、時代の転換期に直接対峙すべく、2010年末に弁護士となり、2014年には約4000名の原告による原発メーカー訴訟の弁護団共同代表として、新しい人権「ノー・ニュークス権」を提唱している。現在は、この人権を広めるため、「島キクジロウ&NO NUKES RIGHTS」としても活動し、2015年8月にはCD『ROCK'N'LAWYER宣言』をリリース。アーライツ法律事務所代表、日本環境法律家連盟(JELF)理事、東京弁護士会環境委員会副委員長・動物部会長、一般社団法人えねべん代表理事。