※こちらの記事の一部には、手術中の臓器や血液の画像が含まれます。苦手な方は閲覧にご注意ください。
上品で落ち着いた街並みが女性を中心に支持され、住みたい街ランキングでも上位にその名を連ねる自由が丘。街全体での緑化運動や環境への配慮を徹底していて、愛犬家の多い街としても知られる自由が丘に新しい動物病院「自由が丘動物医療センター」がオープンしました。
六本木ミッドタウンや代官山T-SITEに店舗を構えるGREEN DOG(グリーンドッグ)の関連会社である株式会社ベックジャパンの運営する3院目の動物病院です。
前回見学させていただいた「腹腔鏡手術」の後、獣医師の朴 永泰先生と株式会社ベックジャパン代表の金井 孝夫氏から「腹腔鏡手術」を導入した理由を伺いました。
「腹腔鏡手術」を導入した理由
まずは、執刀を終えた朴 永泰先生に「腹腔鏡手術」を導入した理由を伺ったところ、こんな答えが返ってきました。
「ひと昔前までは動物の手術に対して、十分な痛みへの配慮が行われていませんでした。しかし、犬や猫といった動物にも『痛みや感情』があるのです。」
朴 永泰先生は続けます。
「動物に優しい獣医療を実現するために、『腹腔鏡手術』を当たり前の選択肢として提示できるようにしたいのです。」
人間に対する腹腔鏡手術は日本では1980年代に始まり、体に負担の少ない手術として今では一般化してきています。王貞治氏が腹腔鏡手術で胃癌の摘出をしたというニュースを耳にした方も多いのではないでしょうか。
獣医療の世界では1990年代後半に研究が開始され、2000年代後半に一般の動物病院での導入も開始されましたが、まだまだマイナーな存在です。朴 永泰先生は、動物の体への負担の少ない「腹腔鏡手術」を飼い主の選択肢のひとつとして一般的なものとしていくために、現場での執刀だけではなく最新の海外事例の研究や論文の執筆なども行っているそうです。
若い獣医師の夢を実現したい
株式会社ベックジャパン代表の金井 孝夫氏。獣医師向け電子カルテの開発や販売に携わった後、動物病院専門の医療機器・医療消耗品販売、薬品会社や動物病院に対するコンサルタントとして独立。代官山動物病院の立ち上げ時に、GREEN DOG(グリーンドッグ)を運営する株式会社カラーズへ参画。動物病院部門の分社化にあたり、株式会社ベックジャパン代表に就任。
朴 永泰先生に続いて、「自由が丘動物医療センター」を運営する株式会社ベックジャパン代表の金井 孝夫氏からも「腹腔鏡手術」を導入した理由を伺いました。
「若い獣医師の夢を実現したい。」
金井 孝夫氏は、端的にそう答えてくれました。
仮に獣医師が「腹腔鏡手術」を導入したいと考えても多額の資金が必要となり、仮に技術や経験があったとしても個人として導入するには高いハードルがあります。技術も経験もあり、志もある朴 永泰先生のような若い獣医師の夢を実現するのが自分の仕事だと金井 孝夫氏は言います。
若い獣医師の夢を実現したいという言葉を裏返すと、若い人達が獣医師という職業に夢を描けなくなっている現実があると金井 孝夫氏は考えています。獣医学部の卒業生のなかで、臨床医の道を選ぶ獣医師の数は減少傾向にあります。最近では奨学金を受けている学生が増えていることもあり、卒業後にはリスクの少ない一般企業の道を選ぶケースが増えているのだそうです。
臨床医を目指す学生が減っている背景には、動物の命を預かる仕事という性質から肉体的にも精神的にもハードな職業にも関わらず、同じく国家資格である医師などと比べると平均的な給与水準は低いという現状があります。また、特に東京には動物病院が集中していることもあり、多額の資金を用意して独立し開業医となることにもリスクが大きいのです。
動物にとって優しく、飼い主にとっては経済的にも優しい獣医療を
「腹腔鏡手術」に必要な全ての機器やスペースを揃えるには、数千万円単位の資金が必要になり、個人医院にとっては大きな負担となります。それが結果的に飼い主に対する請求金額へと跳ね返ってしまっては普及していくことも困難でしょう。
動物病院は「自由診療制度」のため、人間に対する医療のような均一の診療費ではなく、個々の動物病院の裁量により診療費が決められます。公正取引委員会の指導により、動物病院の自由競争を促すために一律料金を禁止しているからです。
個人医院では難しい「腹腔鏡手術」の導入も、ベックジャパンのような企業が経営する動物病院であれば飼い主への請求金額を最小限に抑えながら可能になると金井 孝夫氏は考えました。複数の動物病院を経営することでリスクを分散し、「腹腔鏡手術」の導入に必要となる投資を可能としたのです。
「動物に優しい獣医療を実現したい」という朴 永泰先生に呼応して、金井 孝夫氏は言います。
「動物にとって優しいのはもちろん、飼い主にとっては経済的にも優しい獣医療を実現したい。」
動物病院における経営と獣医療との分離を目指す
更に、ベックジャパンが企業として動物病院を経営することで何を目指しているのか、金井 孝夫氏はこう答えてくれました。
「動物病院における経営と獣医療との分離を目指しています。」
海外と比べると日本には獣医師の専門医制度が確立していないという課題があります。動物病院における経営と獣医療とを分離することにより、高度医療にも対応できる専門医制度の確立に繋がると金井 孝夫氏は考えています。
まず、獣医師が経営業務や集患業務といった獣医療と直接関係のない業務を行わなくて良いので、最新の事例を学んだり技術を向上させるための時間を取りやすくなります。そして専門分野によっては必要となる多額の投資が可能となることは前述した通りです。
また、通常の動物病院では経営者である院長の得意分野に合わせた設備への投資が行われることが一般的なので、例えば外科に強い動物病院に就職した獣医師は外科以外の技術を身につけることが困難になります。その点、企業が運営する動物病院では、特定の獣医師に合わせるのではなく比較的バランスの取れた設備投資が可能となります。加えて、一人の獣医師(多くの場合は院長)に良いオペが集中するのではなく、全ての獣医師に均等に機会が配分されます。そのため、獣医師としてのピークである40代から50代に向けて、30代のうちから豊富な経験を積むことができるのです。
獣医師の世界に横の繋がりを
もうひとつ、金井 孝夫氏が代表を務めるベックジャパンが目指していることは、獣医師の世界に横の繋がりを構築するということ。
東京の約6割の動物病院は獣医師1名と動物看護士とで運営されており、訪れた動物達に対する全ての診断を獣医師1名で下さなければなりません。
ベックジャパンでは、1つの症例に対して1名の獣医師ではなく複数の獣医師の目で見て意見を出し合える仕組みの構築や高度な獣医療サービスを適正な価格で提供できる系列病院ネットワークの構築などを進めています。それにより例えば引越先で信頼できる動物病院を探している人に、ベックジャパンのネットワークの中から動物病院を紹介するといったことも可能となります。また、ベックジャパンは医師や獣医師といった講師を招き、外部の獣医師にも門戸を広げた勉強会なども定期的に開催しています。先日、麻酔科指導医として活躍する医師を招いて開催した勉強会には、ニュージーランドで活躍する麻酔科医の獣医師も参加するなど、総勢数十名も獣医師が集まったそうです。
ベックジャパンという社名は、「Vetanary Communication Japan」という言葉から名付けられました。そこには、志のある獣医師の横のコミュニケーションを活性化させることで、日本の獣医療を発展させていきたいという想いも込められているのです。
ペットの家族化や寿命の延びを受け、高度医療や専門医へのニーズが今後も高まり続けることは容易に予想されます。今回ご紹介したベックジャパンのような日本の獣医師達のレベルアップを目指した取り組みにより、動物にも飼い主にも優しい獣医療が発展していくことに期待したいですね。