文と写真:白石花絵(しらいし・かえ)
9月1日は、防災の日。関東大震災が発生した日であるとともに、台風が多く来襲する9月を前に防災の知識を高めるという趣旨で、1960年に閣議決定された歴史あるものです。
しかし正直言って、平日の9月1日に学校や会社を休んで自分の住む自治体の避難訓練に参加することは難しく、防災の日かぁと思い出す程度で形骸化していた感も否めません。
でも本当はそんな悠長なことを言っている場合ではない。今年も熊本地震をはじめ、日本全国で、地震、台風、大雨、洪水、道路冠水、土砂崩れなど、大変な災害が続いています。もちろん東日本大震災の爪痕もまだまだ多く残っています。原発で避難をし、ふるさとを追われている人、被爆の恐れで将来的な病気に怯える人……日本は本当に災害大国なのです。
しかし人間とはダメな生き物で、自分が当事者になってみないと、被災者の気持ちは理解できないものであります。一時期はあれほど心配していたのに、そのあとすっかり忘れて、まるで過去の産物のように思いがち。ニュースでももうほとんどやらないし。そうなるとますます記憶が風化していきます。「風化する」「忘れられる」。これこそがいちばん被災者の気持ちを不安にさせているのかもしれません。
たしかに、被災者の本物の心痛を理解することなどできないと思います。震災時の恐怖や、将来的な不安に包まれている暗澹たる生活は、想像以上に辛く、重く、きついものだそうです。熊本地震で被災した人をインタビューしたときにその想いがひしひしと伝わってきました。震災当日ももちろん怖いけれど、そのあと数ヶ月(または数年)に及ぶ、見えない将来の不安、置かれている現状への不満、だけどどこにもぶつけられない気持ち……まして犬や猫と暮らしている場合、よけいに制限されたり、気を遣ったりするわけで、どれほど精神的な苦痛を味わうのか……肉体的なもの以上にきついのではないかと感じました。
自分が被災したとき、自分と自分の家族(犬猫を含む)をちゃんと守れるのか。避難した場合の精神的・肉体的ダメージを最小限にするためにはどうすればいいのか。自分はそのための心と物資の準備をしているのか。そう思うと、防災の日を適当に流していた自分を反省します。災害はいつ自分がいきなり当事者になるかわからないし、また被災時の体験を学ばせてもらう貴重なチャンスを逃してはもったいないです。
熊本地震の被災者の方にお会いしてから、いろいろ考えてしまい、ややヘビーな気持ちになっていましたが、それを払拭してくれたのが、9月4日(日)代々木公園で開かれた『SHIBUYA BOSAI FES 2016 ~渋谷区防災総合訓練』です。昨年までとはまるで雰囲気が違う! さすが若い区長さんに変わると新しい風が吹き込まれるものですね-。
そういえばその渋谷区長の長谷部健氏は、ビデオメッセージという形で、8月の夏休みの渋谷の交差点の大型街頭ビジョンでもその趣旨を流していました。
フェス!? 防災訓練をフェスにしちゃうのか!? しかも犬猫ブースのタイトルは「世界一楽しい「ペット防災」イベント! なんだか今年は明るくない!?
たしかに渋谷区は、会社、学校、観光などで昼間は区外の人も大勢集まる街。そんな人々が渋谷で被災したときも、冷静に対応できる人を増やしたい、防災が当たり前の渋谷区にしたい、という強い意気込みを感じます。
実際に当日フェスに行ってみると、早朝の雨もイベントスタート時にはすっかり上がり、午前11時には日も射してきて、ワクワクするフェスっぽい雰囲気たっぷり。午後はもう暑すぎて、犬連れの人は困っちゃうほど(笑)。木陰で休憩している犬と飼い主さんを多く見かけました。
特定非営利活動法人ジェントルワンが企画した「CREAN DOGチャリティウォーク」では、約45分間、代々木公園内を大きなビニール袋とゴミハサミを持って清掃活動をしつつ、参加費を熊本の動物に贈る取り組み。ほかにもペットカメラマンによる撮影会、ペットの似顔絵コーナー、&PETマルシェではペット防災用品などの販売、熊本物産展では熊本支援のグッズや野菜、クッキーなどの販売もあり、ドッグイベントとしても十分楽しい内容です。
物販コーナーもわりと充実。犬と一緒にアウトドアのドッグ・イベントに行く気分で、防災のことを学べるのがいい
そして本題のペット同行&同伴避難コーナーでは、熊本地震・益城町の避難所エリアを再現してあり、震災時の写真展示などもあり、熊本の被災者のみなさまの気持ちに寄り添うことができました。震災時にいち早く駆けつけた特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンの大きな大きなバルーンシェルターも2基設置。そこの下に入ると当たり前ですが大きな日陰があり、熱い日差しが遮られます。きっと現場ではこんな日陰さえもありがたいものではないかと思いを馳せました(もちろん雨も防いでくれるしね)。また、本来なら熊本で捜索活動に従事したピースウィンズ・ジャパンのハルクと夢之丞の、捜索訓練のデモンストレーションも当日予定されていたのですが、前日に九州に台風が上陸する予報になったため、ハルクたちは九州で出動待機となり、渋谷に参加はできなくなりました。ハルクや夢之丞に会えなくて残念。でもつまりは、それくらい自然災害は頻繁に起きることなのだともいえます。近年の異常気象は尋常じゃないですからね。そのうえ我が国は地震大国。ハルクと夢之丞、そして災害救助犬のハンドラーほかレスキューのみなさんも気を抜く暇がありません。
ピースウィンズ・ジャパンのバルーンシェルター。大きい! 日陰がありがたいものです
フェスでは、ピースウィンズ・ジャパンが被災地で実際に被災者のために立てた災害避難用テントもありました。けっこう大きなテントで、この大きさに犬を連れた1家族が利用していたそうです。ふむ、ふむ。これは1世帯で入るなら十分なサイズだなあと思いました。でも、家財道具が入ってくると狭いのかな、暑い季節になったらやっぱり暑くて昼間は入ってはいられないだろうなと想像したり。避難が長くなるとやはりしんどいだろうなぁと思わずにいられません(もちろんないよりはあった方がいいのは当たり前なのですが。犬連れOKのテントを用意してくれるNPOがあるのは本当に心強いことです)。
実際に熊本で使用されていた災害避難用テント
車中泊するケースを想定されたカングーもありました。体育館などの避難所で周囲の人に気を遣わないですむので犬や小さな子どものいる家庭は車中泊を選ぶケースが多いとのことですが(犬や子どもがいなくても、他人との集団生活を避けたい人たちも車中泊を選ぶことが多いそう。その気持ち、わかる)、やはりエコノミー症候群にならないように十分気をつけないといけません。
車中泊の1例として展示されていたカングー
ちなみに大型犬が2頭いるわが家は「いざとなったら車中泊するもーん」と思っていましたが、震災時では、家が倒壊したときに自家用車が下敷きになりつぶれるケースも多いそうです。また道路が瓦礫で通れなくなったりして、クルマがだせなくなることもあります。なんと!そうなのか!そういえばそうか! こりゃクパメルも避難所やテントのお世話にならざるをえないケースもあるってことだ。ということはつまり、普段から社会化トレーニングをして、集団生活ができる犬に今のうちから日々練習しておくこともやっぱり必要不可欠なのでした。震災というのは自分が思ったとおりには事が運ばないことも多いに違いない。だから防災というのは、いろいろなケースを想定して、シミュレーションして、心の準備をいろいろしておかないといけないんですね。
指定避難所、民間避難所、テント、車中泊……どこに逃げるのか、泊まるのか。どれがベストかはその時々のケースバイケースで、一概にはいえません。また超急性期(震災直後)、急性期(震災数日後、1か月以内くらいかな)、慢性期(仮設住宅ができる頃)などの段階によっても異なります。ただでさえ、いっぱいいっぱいのぎりぎりの精神状態のところで、自分の犬を守れるのか、守るためにはどうすればいいのか、やはりこういう防災フェスに参加して、楽しい雰囲気ながらも学び、防災について我が事と照らし合わせて考え、いざというときに冷静に対応できるようになることが、本当に大切だと思います。
熊本地震でご自身も被災しつつ、いま、被災した犬猫のシェルターの運営にかかわっているHUG THE BROKENHEARTS主宰、益城町いぬネコ家族プロジェクトサブリーダーの冨士岡剛さんの、生の声が聞けることもありがたいことでした。大変なさなかに、上京してお話しをしてくれることに感謝します。またそう思うのなら、やはり遠くの犬猫を愛する仲間たちを共助することも大事だと思います。それは寄付という形でもいいだろうし、支援グッズを購入して応援するのでもいいだろうし、自分のできる範囲で参加したいと思いました。また熊本県のシェルターも頑張っているけれど、やはり仕事がなくなったり、家がなくなってしまった人が多いため、被災犬でシェルターはすでに満杯状態とのこと。
益城町いぬネコ家族プロジェクトサブリーダーの冨士岡剛さんが、熊本地震の生の声を伝えてくれました。「仮設住宅に入れて、ああ、よかった、ではないんです」。仮設住宅に入ることがゴールではない。そういえばそうでした。これは東日本大震災でも言えることです。現地では、まだ震災は終わっていない。現在進行形の苦悩なのです
今回のフェスでは、熊本から試験的に東京へ連れてきた被災犬3頭の譲渡会も行われました。神経質で都会の人混みに驚いてしまったけれど、普段はおとなしい柴犬サイズの黒いケンちゃん(オス、3歳)、まだ子犬らしいあどけなさを残したはちゃはちゃと可愛いな動きをする元気な兄弟犬・マーズとアース(ともにオス、5か月)。彼らにステキな飼い主が現れ、幸せな犬生になることを心から願います。
熊本からやってきた3頭の犬の譲渡会も行われました
ちょっとびびりだけど、おうちではおとなしい黒いケンちゃん
元気いっぱいの兄弟犬、マーズとアース
でもまだイベント当日には運命の飼い主さんには出会えていない3頭。気になる方はぜひご連絡を(http://doonegood.jp/park/)
そのほかこのフェスでは、NPOだけでなく、防災用品や通信などを扱う企業ブースも大変賑わっていましたし、また行政の展示も力が入っていました。いざというとき渋谷区を担当する練馬駐屯地の自衛隊の装甲車を見るだけでも楽しかったです(実は私はクルマ好き)。戦争には反対ですが、自衛隊の方が被災地にすぐに入り、機敏に行動されたという話をよく聞いていたので、本物を見て親近感が湧きました。それに質問すると、いろいろちゃんと質問に答えてくれるので興味深いお話も聞けて楽しかったです。やっぱり自衛隊は、日本国民の身を守るためにいてくれるんだとわかりました(誰かを傷つけちゃいけないのよ)。東京消防署の方も気さくにいろいろお話しをしてくれました。水道局のブースでは、ぺたんこなのに6リットルも入る折り畳みのポリタンクの配布もありました。これ、リュック式で持ち運ぶこともできる便利もの。ナイス。行政も頑張ってる!と、感じました。こういうところに税金が使われているなら、納める甲斐がある(笑)。
練馬駐屯地からやってきた装甲車。どんな泥だらけの道でもスタックしないようなすごいタイヤ。ボディは防弾仕様で分厚い!
気さくな東京消防庁のみなさま。こういう行政の方々に自分たちはいざというとき守ってもらえるのですね〜
このフェスは、これから毎年恒例にして「防災が当たり前の渋谷区」にしていくそうです。来年の9月頭の頃、ぜひチェックしてください。区民以外の参加ももちろんウェルカムだから。そしてほかの自治体でも、こうした防災への気運、そして被災地への気持ちを風化させない取り組みが増えてくることに期待したいです。
【取材協力】
一般社団法人&PETS、一般社団法人 Do One Good、NPO法人 gentleone、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン( PWJ)、HUG THE BROKENHEARTS:益城町いぬネコ家族プロジェクト