犬具職人魂の極み人〜革工房アトリエサーシャ〜 「首輪とリードは命をつなぐもの」

文:白石花絵(しらいし・かえ)、写真提供:アトリエSASHA

私(白石)が大人になって、自分の全責任において犬と寝食を共にするようになった最初の犬がワイマラナーのバドでした。1994年11月11日生まれ。彼が天に召されたのが2011年7月15日。享年16歳8か月、とっても長生きしてくれた最愛の自慢の犬でした。そもそも私が小学3年生のときに初めて飼った犬は、迷子になっていたイノシシ猟犬であろう大型ハウンドの若犬(獣医さんの話では1歳未満。春休みにしばらくうろうろしていたので、飼い主からはぐれたのか、それとも猟の才能がなくて捨てられたのかは不明)、その子がフィラリア症で死んでから(当時はフィラリアを予防する薬がなかった時代。いまはフィラリア予防薬ができたから、犬の平均寿命が格段延びたといわれています)、泣き暮らしていた私を見かねて父が知り合いのハンターからもらってきたのがジャーマン・ショートヘアード・ポインター。クーパーと同じ犬種です。しかも全部オス。然るが故に私の垂れ耳ガンドッグ大好き人生が始まったわけです。

リードが切れる事件を多発させていた先代犬

彼らは本当に素直で実直で飼い主にだけ信愛の情を表現してくれる最高に可愛いヤツらでした。しかし、そう知っている私とて、誰彼かまわずお勧めはできない犬種です。なにしろ山が好き過ぎるし、そして力が強い。なにか興味をひくものを見つけたときのガッという瞬発的な力がものすごい。飼い主に、腕力、瞬発力、注意力(犬より先に獲物を見つけて対応する力)がないと犬に負けてしまう。犬に負けるということは、自分で犬をコントロールできないということだから、これは社会に迷惑をかけてしまうことになる。これでは飼い主失格。

もちろん「そんな引っ張る犬にしちゃだめだ。しっかりトレーニングをしなさいっ」というご指摘はごもっとも。私も日々反省、日々精進しております。でもね、でもね、犬って、100%大丈夫ってことはない、と私は思っています。トレーニングもちゃんとする。飼い主も体力をつける。そして、万が一にも切れない丈夫な犬具(首輪、ハーネス、リード)を使う。多方面から保険をかけておくことが大事だと感じています。犬が何かに驚いて、通常では考えられないような行動を起こす、ということはありえますからね。これは大型犬に限らず、小型犬でも同じだと思います。またリードが切れて、あるいはナスカン(首輪につなぐ金具)が壊れて、犬が逃げてしまい、そのまま交通事故にあってしまう、という悲しい事件も実際に聞きます。

さて話が戻りますが、先にでてきた故ワイマラナーのバドは、全盛期には38kgもある体格のいいヤツでした。未去勢だったので、オンナコドモ(メスや子犬や人間や自分より小さいサイズの犬)にはジェントルな犬でしたが、同体格の未去勢オスには縄張り争いのため非ジェントル(苦笑)でした。そして当時はいまほど犬グッズが充実しておらず、輸入物の頑丈な大型犬用の犬具などほとんど見つけることができない時代でした。

そのため、何度リードを引きちぎったことか(涙)。

高価なものなら大丈夫かと思ってイタリア製の2万円もするリードも思い切って買ってみたけど、2回目に使ったときにパキーンと乾いた金属音がしてナスカンが割れました。超ショック(号泣)。本当にもう! バカ力すぎる! 他人様に対しても、バドの命を守るためにも、頑丈な犬具はいったいどこで買えばいいんだ、と、ほとほと困り果てておりました。

ついに見つけた、本当に頑丈な犬具

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そんなときに出会ったのが、犬具職人のサーシャさんです。

私が知人の犬グッズショップのオープニングを手伝いに行っていたときに、初めてお会いしました。そしてバドの犬具の悩みを打ち明けたのです。

それから白石家にとって、サーシャさんはなくてはならない存在になりました。サーシャさんにつくってもらった首輪とリードは、あれからただの一度もちぎれたことがないのです。これはもう快挙です。バドの救世主! すっかりファンになりました。それ以来、もうかれこれ18年くらいの付き合いです。今ではクーパーの救世主(しっかりトレーニングも頑張れよ、自分!)。

そもそもサーシャさんは、女だてらに(失礼)ハーレー乗り。そのため最初はハーレーにつけるようなバッグなどをつくる鞄職人でした。その彼女が2頭のミニチュア・ダックスフントと暮らし始めたのをきっかけに「いつの間にか犬具職人になっちゃった」と言います。犬友達の口コミで評判が評判を呼び、すっかり本業が犬専門になってしまっています(とはいえ、オーダーがあればバッグや財布などもいまもつくってくれます)。

犬具は1頭1頭採寸して、オーダーメイドでつくるのがサーシャさんのこだわり。依頼をすると、まず採寸用首輪やハーネスが送られてくるので、飼い主自身が普段の生活の中で測ります。いつもの散歩で走ってみたり、動いてみたりして、ベストなサイズを指定します。他人が測ると犬も緊張したり興奮して正しいサイズが測れないことがあるし、やっぱり自分の犬の体格や動くクセをいちばんよくわかっているのは飼い主さんなのです。

首輪やハーネスをぴったりサイズにする理由は、首輪抜けなどの事故を防ぎたいという想いからです。世界でひとつの愛犬に合わせた首輪だから、金具を刺す穴がひとつだけ。この1穴というのがこだわりの真骨頂でカッコイイ。そしてデザインや革の色も、相談して一緒にベストなものを考えてくれます。染色も自分でするそうです。またサルーキーやフレンチ・ブルドッグのような特殊な体型のもののリクエストにも応じてくれます。反対に、成長期の子犬には首輪もハーネスもつくってくれない。骨格の発育のじゃまになるものはつくらないというポリシーがあるのと、子犬はすぐにサイズが変わってしまうからです。こういうところに犬を本当に大事に想っている愛情を感じます。

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また最近ユニークだなぁと思ったのは、首輪抜けの達人の柴犬のためにつくったというハーネスと首輪が一体化した犬具。首輪抜けをしても、ハーネスにもリードがつながっているから脱走ができません。2重の安全策です。近年、保護犬をおうちに迎える家庭が増えていますが、もともと人に飼われた経験のない犬たちは繊細で神経質なことが多いので、何かに驚いて失踪してしまうケースが多いけれど、そういう犬たちにも使ってもらったら失踪事件が減るのではないかなと思います。

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サーシャさんは基本、一針一針、手縫いで革を縫っていきます。その作業はとても骨の折れる仕事。分厚い革に目打ちで穴を開け、針を刺し、ペンチで糸を引き抜く。それの繰り返し。目が痛くなりそうだなぁと思って聞いたら「目より腰が痛い。1日中、ずーっと同じ姿勢だからね」と笑っていました。そういえば彼女は万年、腱鞘炎にもなっている気もします。それでも彼女は、スタンスを変えません。犬具は、犬の命を守る道具だという強い信念があるからです。

それくらい気合いが入っているサーシャさんの犬具は、メンテナンスをきちんと行ってもらって、一生ものになれればいいなというくらいの気持ちが詰まっています。工房に戻してもらえば、ばらしてメンテナンスもしてくれます。有料ですが、見違えるように美しくなって帰ってきます。ただしメンテナンスの頻度や必要な修理は、使い方や犬のパワーによって左右されます。クーパーのように雨の日も使い、革首輪をしたまま川にジャブジャブ入るような野生児だと正直劣化は早いです。だから一応クーパーは2本リードをつくってもらい、順番こに使うようにしています。革靴と同じで、使った翌日は休ませるというやり方です。

愛着のわく道具というのはいいものですね。使っていくうちに適度な重みの革が自分の手に吸い付くように馴染み、犬に、あ・うんの呼吸で合図を送ることができる魔法の道具に育っていきます。軽い布製やナイロン製の道具ではこうはいかないなぁと感じます。でも、いくらサーシャさんがつくったものとはいえ、革は生きているようなもの。雨の中で使えば伸びてくるし、濡れたままにしていればカビるし、長年使えば経年劣化もします。たまに自分でもオイルで拭くメンテナンスをすると長持ちします。でもクーパーのような暴れん坊はとてもとても一生は使えないですね。パワーがありすぎて、革が伸びてきてしまうのです。革が伸びる、すなわち薄くなる、つまり切れやすくなる。革が伸びてきたかもと思ったら、早々にサーシャさんに次のリードをお願いするタイミング。でも何度も言うようですが、メンテナンスや買い換えの時期は個体や使い方によって全然違います。ずっと大事に使える犬もいるだろうし、そうでない犬もいます。サーシャさんの首輪やリードに限りませんが、劣化具合をいつも気にかけて使うようにして、交通事故や失踪などのトラブルを起こさないようにしたいものです。

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3年間使い込んだクーパーのハーフチョーク。年季が入ってます。最近はハーネスを使っているので、これは予備的に首につけたままにしています。

さてサーシャブランドには、より多くの飼い主さんに、買いやすく、選びやすい、安全な犬具を紹介したいという想いから「NOSEBLEED.」というセカンドブランドもあります。採寸しなくていいので、ギフト用や子犬用にもいいですね。こちらは洒落た布製のものもあります(馬鹿力のクーパーには無理だけど、小型犬の犬友達のプレゼントにお手頃価格でいい感じ♪)。

ともあれ「リードは、飼い主と愛犬をつなぐ、本当の意味での命綱なんです」と、いつも言っているサーシャさん。それは本家の「革工房アトリエSASHA」ブランドでも、「NOSEBLEED.」でもポリシーは変わりません。こんなにも職人気質の犬具職人がニッポンにいて本当によかった。というか、サーシャさんがいなくなったらクーパーが困る。そして全国のクーパーのようなハイパワーの犬たちや、首輪抜けの達人たちも困る(笑)。だから、これからもいい犬具をずっと作り続けてほしいと願っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

白石 花絵(しらいし・かえ)

雑文家、ドッグ・ジャーナリスト。夫1、子ども1、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターのクーパー、ボクサーのメル、黒猫のまめちゃんと東京都庁の見える街で暮らす。広島修道大学法学部法律学科卒業、その後広告制作会社でコピーライターを経験したのち、公益財団法人世界自然保護基金WWFジャパンの広報室に勤務。それからフリー。「日本にすむ犬が1頭でも多くハッピーになること。日本の犬がもっと社会から理解され、市民権を得られるようになること」、そのための記事を書くことがライフワーク。著作に『東京犬散歩ガイド』『うちの犬―あるいは、あなたが犬との新生活で幸せになるか不幸になるかが分かる本』、構成・文として『ジャパンケネルクラブ最新犬種図鑑』等。