第15回Foster Academy「日本の動物愛護政策を読み解く|打越綾子先生(成城大学法学部教授)」レポート

文:白石花絵(しらいし・かえ)

昨年、前回(第14回)のFoster Academy(主催:一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル、協力:一般社団法人Do One Good)について紹介しましたが、この一般市民向けのFoster Academyは、基本的に月1回開かれています。さまざまな視点から動物愛護、動物福祉、あるいは動物そのものについて理解を深められるチャンスが、毎月あるというのは今までなかったように思います(しかも1回1000円という良心的なセミナー代で)。

前回は「自分にも出来る動物ボランティア」(講師:Do One Goodの高橋一聡氏)でしたが、今回レポートする第15回は、動物愛護管理行政や政策について、さらに動物の愛護及び管理に関する法律(以下、動愛法)の大事な要点をアカデミックに解説するという内容でした。

日本の動物愛護政策や法律の話……と聞くと、ちょっと難しそうで、引いてしまうかもしれません。でも大丈夫です。Foster Academyが講師に招いた成城大学法学部教授の打越綾子先生が、とてもわかりやすく、一般の私達にも理解できるように説明してくださいました。

打越先生の専門は、行政学・地方自治論。新たな社会問題が発生した場合に、行政機構がどのような反応を見せるのか、内部のメカニズムに注目しながら分析を試みているそうです。と、言うとやはり難しそう(笑)。でも大丈夫。先生は最近では動物福祉に関心を持ち、ペットをめぐる諸課題や野生動物・畜産動物・実験動物の取り扱いについても、行政学の見地から研究をされています。

写真協力:打越綾子さん

特に大の猫好きなのは間違いなし! いまは環境のいい軽井沢で、猫5頭と暮らしていらっしゃいます。当日も愛らしい猫がいっぱい描かれたセーターで登壇されました。

写真:白石花絵

打越先生がいま動物をめぐる公共政策を、社会科学の観点から研究するきっかけになったのは、12年前の凄惨な動物虐待事件だったそうです。そうした動物虐待や殺処分がどうしたら減らせるのか、自治体はどんな取り組みをしているのか関心を持ち、国内の動物愛護センターや保健所を7〜8か所まわったそうです。

写真協力:長野県動物愛護センター「ハローアニマル」

行ってみると、行政職員の方も頑張っていることがよくわかったとのこと。自治体同士が横のつながりで議論や研修を行う組織があり、勉強会などの情報交換もされているそうです。もともと動物愛護センターなどの動物に関わる行政に勤めている人は獣医さん含め、基本的に動物が好きな人が多いのです。決して殺処分を望んで実行しているわけではない、ということをまず民間側の私たちも理解することが大事だと感じました。

ただしもちろん課題も山積しています。打越先生は、環境省の中央環境審議会動物愛護部会の臨時委員もされており、動愛法の改正についての会合にも積極的に参加(皆勤賞!)していたそうです。その委員会での話し合いの内容も報告してくださいました。ここですべてを集約して説明はできないですが、ともあれ、法改正によりいい面もあったけれど、法の抜け穴をくぐるような動物取扱業者による悪質な問題事例も次々とでてきたそうです。それに対して愛護団体の勢いも増してきましたといいます。それなのに法体制も人員も予算も整っていない状況なので、ますます現場の職員は板挟みになり、負担が増えています。また自治体間の温度差もあります。自らの管轄地域での殺処分の減少を目指し、普及啓発活動を頑張る自治体と、旧態依然の体制でなるべく負担を回避したいという自治体もあることは事実です。

動物愛護管理政策の本質的な課題としてあるのは「何が理想的な仕組みであるのか」を簡単に決められないこと。欧米でそもそも細かい法制度・基準があるのは、かつては虐待の歴史を歩んできたことへの反省の側面があると先生は言います。それに比べ、日本人は、仏教文化に基づく優しい気風(命を大切にする)を持ってきた国。でも残念ながら現代ではそうも言ってはおられず、日本人の価値観も多様化しています。欧米同様に、細かいルールづくり(たとえば飼養スペースの広さの基準や虐待動物の一時保護規定など)を決めてほしいという声も高まる一方、杓子定規に決まってしまうと反対にまた法の目をくぐろうとしたり、柔軟な指導が難しくなるなどの問題がでてくる可能性も考えられ、愛護法の改正は簡単ではありません。

写真協力:一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル 小寺 直子さん

ただ先生は、「動物をめぐる社会問題が解決しない背景の本質は、法制度以前の運用体制の不安定ではないか。現場で対応できるだけの人的余裕がない、本格的な世論のバックアップがない」と、説きます。現場の職員の悩みや人員不足を理解して、彼らを信頼する世論と上層部の姿勢が必要な時期にきています。反対に、世論と上層部が、感情的なスローガンを振り回す自治体では、担当者は板挟みになるだけとのこと。声高に「殺処分ゼロ!」とわかりやすいスローガンで短期的な成果を求める圧力運動もたしかに必要ではありますが、自治体と民間が四つに組み、関係者が地道な協力体制・信頼関係を構築する、そして政策の質を深めるために視野を広げていくことが必要です。対立、衝突、ケンカばかりしていても、問題は解決しません。それを先生は「妥当な協力体制」と読み替えられないかと言います。「妥協」は敗北なのではなく、お互いの立場への理解を示し、強みと弱みを補い合う関係を構築すべきである、という先生の言葉を噛みしめました。「小異を捨てて大同に就く」というのも必要なのでしょう。まずは1歩ずつ前進をしないといけないですから。

さて、なんだか道はまだまだ険しそうですが、この問題解決のために一般市民の自分たちができることはないのでしょうか。世論=私たち一般市民です。最も大切なことは「動物を愛する人々が、優れた飼い主になることに尽きる」と先生は言います。動物嫌いな人を増やすのは、マナーの悪い飼い主。他人に迷惑をかけない優れた飼い主が増えれば、社会全体としても、また行政側としても、動物福祉の理解を深める追い風となるでしょう。そんな世論をつくるべく、私たち1人ひとりの意識を高めていくことが欠かせません。

もちろんそのほかにも課題はあります。地域差もあります。都市部であるか、農村部であるかで、飼育方法やボランティアの数も異なります。地域の人口や気候によっても差が出ます。暖かい西日本では、野犬や野良猫の繁殖率が高く、(冬を越える)生存率も高い。だから北日本より殺処分数が多くなる傾向にあります。十把一絡げでひとつの政策を推し進めても、すべては解決できないでしょう。地域にあわせた現状の把握と政策の工夫などが求められます。

難しい問題です。しかし、まずできることは動物の好きな人が、この現状を知る、理解しておく。これは決して無駄なことではありません。そして1人が2人になり、3人になり、草の根的に世論を変える力をつくっていく。それが重要だと感じました。

写真協力:一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル 小寺 直子さん

もっと詳しく知りたい方は、ぜひ打越先生の最新著書『日本の動物政策』(ナカニシヤ出版)を参考にしてみてください。

写真協力:打越綾子さん

さて、今後もFoster Academyは続きます。どんな講師の先生が登壇されるかはお楽しみ。より良い飼い主になるために、一緒に勉強をしていきましょう。

 

トップ写真協力:打越綾子さん

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白石 花絵(しらいし・かえ)

雑文家、ドッグ・ジャーナリスト。夫1、子ども1、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターのクーパー、ボクサーのメル、黒猫のまめちゃんと東京都庁の見える街で暮らす。広島修道大学法学部法律学科卒業、その後広告制作会社でコピーライターを経験したのち、公益財団法人世界自然保護基金WWFジャパンの広報室に勤務。それからフリー。「日本にすむ犬が1頭でも多くハッピーになること。日本の犬がもっと社会から理解され、市民権を得られるようになること」、そのための記事を書くことがライフワーク。著作に『東京犬散歩ガイド』『うちの犬―あるいは、あなたが犬との新生活で幸せになるか不幸になるかが分かる本』、構成・文として『ジャパンケネルクラブ最新犬種図鑑』等。