前回の『東日本大震災の教訓から生まれ、熊本地震の被災地へも出動した「ペットのレスキューカー」とは?』に引き続き、アニコム損害保険株式会社の小川 篤志(おがわ あつし)さんと、同じく共に熊本を訪れた同社獣医師の兵藤 未來(ひょうどう みき)さんのお二人から熊本を訪れるに至った思いや被災地を目の当たりにして感じられたこと、支援活動の内容やお二人が考える今後の課題についてを伺いました。※こちらの記事の内容は、2016年5月末のインタビュー時点での情報です。
【編集部】まず改めて、小川さんのご経歴を教えてください。
(小川さん)アニコムに入ったのが4年前、それまでは動物の救急医療を中心に実際の臨床、診察をしていました。救急医療なので主に夜間病院での勤務でした。アニコムに入ってからは経営企画部に所属し、経営に入らせてもらうこともありますし、広報やイベント運営、保険金をお支払する際の基準やルール作り、今はベンチャーキャピタル業務も行っています。
【編集部】なぜアニコムさんへ転職されたのですか?
(小川さん)採用活動において「動物好き」に重きを置いている点や、理念をしっかり持っているところに惹かれました。具体的には、事故が起きてから支払うのではなく、「予防型のペット保険」といって、事故が起きる前にどういう風に予防ができるかを重視している点です。弊社ではそれを「ワクチン」と呼んでいます。
保険金をもらって嬉しい人っていないじゃないですか?事故が起きる前に、「知識のワクチン」を契約者に伝える、例えばトイプードルは骨折しやすい、短頭種は熱中症になりやすいといった情報を事前に伝えることで涙が減るということを弊社では考えています。
【編集部】例えば熱中症の週間予報を提供しているのもそういう背景なんですね。
(小川さん)そうですね。そういった情報提供の他にも、お散歩や健康診断などの健康啓発のための各種イベントも実施していて、平常時にはそういったイベントでも健診車が使われています。
熊本行きを決めたキッカケ
【編集部】熊本へ行こうと思われたキッカケのようなものはあったのですか?
(小川さん)個人的には、3,4年ほど前にフジテレビの「ザ・ノンフィクション」という番組で、「放射能と老人」というタイトルのドキュメンタリーを見たことがキッカケなんです。
子供のための里を作りたいと福島に移住し、一人で暮らしている元サラリーマンのおじいちゃんが、悪いNPOに退職金とかを騙し取られてしまい、一文無しで自給自足の生活をしているところから始まるストーリーでした。そのおじいちゃんと、一緒に暮らしている柴犬に密着して日々が進んでいくのですが、ある日、東日本大震災が起きて、原発の事故が起きてしまうんです。そのおじいちゃんの住んでいた場所が避難区域に指定されてしまい、自衛隊のトラックがやってきました。もうここには住めないからと避難所へ移動することになったのですが、避難所に犬は連れて行けません。自衛隊の車に乗って行くおじいちゃんを愛犬が追いかけていく姿を見て、テレビを見てあんなに心が動かされたことがないくらいにショックだったんです。今まで自分が見ていたのは、死者の数や行方不明者の数やどれだけの家が倒壊したかといった一種の記号に過ぎなかった。ショッキングな映像を見て勝手にショックを受けたような気がしていただけで、本当の意味であの場にいた人がどうなってしまったのかを初めて知った瞬間だったんです。そのときに、東日本大震災のときに自分が何もできなかったことが強烈に悔しくなったんです。
それから時が経ち、アニコムとしても災害時に、ペット業界内で資本を持っていないとできないことをやりましょうということを常々考えていて、移動診療車を導入することができました。そんな折に不幸にも熊本で震災が起こり、すぐにでも今日にでも行こうということで社内で緊急会議が開かれたという経緯です。
(兵藤さん)わたしは臨床経験がないので心配な点もあったんですが、女性ならではのケアもできるんじゃないかということもあって参加させていただきました。まわりからはすごく心配もされましたが、何か役に立てることがあるんだったらというのは誰でも持っていた気持ちだったと思いますし、もし自分が行って少しでも役に立てればと思っていたので、行けたのは良かったです。
被災地での第一印象
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】熊本に入られて、最初に感じたことを教えてください。
(小川さん)率直にいうと、「不思議の国のアリス」だと思いました。ずっと運転して行ったのですが、今までの東京・新宿での生活があって、当たり前のことが当たり前だった環境から熊本へ入った瞬間に、全くの異世界でした。自衛隊の皆さんの見たことのないような大きさの車、テントで過ごす方々や車中泊されている方々、支援物資が山積みになっているところや水道局が車からホースで水を出しているところ、あまりにも私たちの生活からかけ離れた情景だったんです。でも、そんな無秩序のなかに、秩序が生まれ始めていました。例えば、ご飯を食べるときに並ぶ列の角度とか、小さいことですが、僕らの普段の生活からは考えられないようなことが、当然の日常として繰り広げられていることが、まさにアリスが木の穴から落ちたときのような感覚を受けて、これが災害なんだということが一瞬でわかりました。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
(小川さん)そしていつしか、その非日常が日常になり始めるんです。自衛隊が並んでいる姿やコンクリートがめくれている姿が当然になってくるんです。そうして当然になったときに、わたしも企業人なのでどうしても帰らなければならなくなって東京に帰ってくると、今度はこっちが異世界な感じがするんです。やっぱり熊本って怖かったですし辛かったですし、なんとかしなきゃっていうので大変な思い入れがある場所なんですが、こっちにいると、ここにいていいのかとか、もっとできることがあるんじゃないかとか、熊本が懐かしいというか、あの非日常に戻りたいという奇妙な感覚が。それは今もまだひきずっています。帰ってきた当時は、かなり強烈にひきずりました。
【編集部】その感覚は、今はどう折り合いをつけているのですか?
(小川さん)時が流れているというのが、それしかないんじゃないですかね。そう簡単に割り切れない気持ちがあります。東日本大震災のときもそういう方がたくさんいたのかもしれませんね。当時ボランティアで入られていても、すごく大変だったと思いますけど、こっちに帰ってきてしまうと、妙な罪悪感のようなものがあって、またあの場所で何かしたいあの場所へ戻りたいという気持ちを持っていた方がたくさんいらっしゃったんじゃないかなぁと。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】兵藤さんはいかがでしたか?
(兵藤さん)まず、ニュースとかで見ていた光景が目の前に広がっていたのはショックでした。震災の発生から1週間ほど経っていたので、飼い主の皆さんもストレスはもちろんかかっていると思いますが、落ち着いてきているんだなぁというのは感じました。ただ、それから更に1週間経っても、最初の印象と様子があまり変わっていなくて、今はニュースでもだんだん報道がされなくなってはいますが、今でも様子が変わってないことがたくさんあると思うんです。がれきや車中泊、避難所の問題や仮設住宅とか、それらはすぐに改善できるかというと、いきなり解決はできないかもしれないのですが、ゴールが見えないというか、終わりが見えないというか、息の長い支援が必要だとよく言われてますけど、それが一番難しいことですね。
現地の皆さんの反応と支援を通じて感じたこと
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】ペットを飼われている皆さんの反応はいかがでしたか?
(小川さん)震災によって大きな怪我をした子や、震災後に大きな病気になったという子はそれほど多くはなかったのですが、そこに行けば診察してくれる車があって、獣医師がたくさんいるというのは、おそらく近くの方々の頭には入っていたと思います。何かがあったらあそこに行こうという存在になることで、不安を一つ消すことができたのではないかと思うんです。すごく大きく喜ばれたというものでも、いたから邪魔というわけでもなく。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
(小川さん)熊本のような大きな震災が発生したときには、 “不安のカプセル” が頭のなかにたくさん生まれるのだと思うんです。普段でも奥さんと喧嘩してしまったとか会社で上司に怒られるかもしれないとか、色々な不安があると思うのですが、地震が起きると2トントラックくらいの “不安のカプセル” が一気に頭のなかに入ってくる。そういったカプセルのなかの一つに、「大切なペットが病気になったらどうしよう」という “不安のカプセル” もあるんです。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
(小川さん)熊本県で支援をしている企業ができることは、そういう “不安のカプセル” を取り除くことだけなんです。そこでマイナスをゼロにすることはできても、ゼロ以上にすることまでは求められていなくて、今日のお風呂どうしよう、今日のご飯どうしよう、寝るときどうしようという大きい “不安のカプセル” があり、各企業ごとに取り除けるカプセルがある。弊社はたまたま「大切なペットが病気になったらどうしよう」という “不安のカプセル” を取り除いていて、他に吉野家さんなら食べられなかったらどうしようというカプセルを取り除いて、そういったカプセルは時間かけて長いこと見ていかないとなくならないですけど、マイナスを少しでもゼロに近づけるという作業だったんじゃないかなぁと思います。
現地で感じた課題とは?
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】実際に現地へ行かれて、課題に感じられた点はありましたか?
(小川さん)獣医師会への援助はすごく必要だと思いました。熊本県獣医師会の先生方と毎日現場で話していて、3日目くらいに知ったのですが、毎日来てくださる事務局長の先生が、毎日車中泊されていたそうなんですよ。てっきり先生はご自宅で寝ていると思っていたのですが、毎日お母様と奥様と車中泊されていると。それでも毎朝現場に来て診療して、夜終わってから獣医師会のオフィスに戻るんです。1日に溜まったメールを処理して鳴り止まない電話に対応して、それから息子さんのおうちでシャワー浴びて、車のなかで寝るという生活をされていました。獣医師会への「事務能力の援助」というのはすごく必要だと思いました。震災発生時に立ち上がる組織の事務の援助というのは企業人としてお手伝いできるところなんじゃないかと感じました。意外と盲点なのですが、事務ってすごい大事なんですよね。各県から助けますというメールが殺到するんですよ。獣医師として現場で何かをやるのはなんとかなるのですが、事務だけは絶対誰かがやらなければならなくて、毎日指揮していた人が事務所に戻ってやるのは相当大変な作業です。特に普段とは業務の量も種類も急に様変わりして、それまで一人でできていたことが全く追いつかなくなります。
いつか起きてしまうかもしれない震災に備えて
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】今後また起こってしまうかもしれない震災に備えて、どういったことが必要だと考えますか?
(兵藤さん)VMATのような仕組みが日本全国にできるといいと思います。あの仕組みを運営されるのはすごく大変だと思いますし、いろいろなタイミングが重なって今回VMATが出動できたというのもあるのかもしれませんが、VMATがあったことで熊本の獣医師会の皆さんの負担もすごく減ったと思います。VMATのような仕組みを会社としてお手伝いできるのであればすごくいいなと個人的には考えています。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】災害時の獣医療は、通常の獣医療とどういった点が異なるのですか?
(小川さん)やっていることは通常の獣医療と大きくは変わらないのですが、あの場所でもっとやらなければならないことは、おこがましいのかもしれませんが、動物を通じて人を助けるということなのではないかと思います。必ずしもそこで病気を見てほしいというわけではなくて、動物を通じて誰かと話したい、自分の悲しみや苦しみを誰かと共有したいという思いを持って来られている飼い主さんも多かったのではないかと感じました。動物の診療はもちろんですが、飼い主さんのカウンセリングというかケアというか、そういうことにも実は価値があるんじゃないかなぁと思います。そういう意味では、私達だとつい「さぁ、どこを治しましょうか」といった話にすぐになってしまいがちなのですが、彼女(※兵藤さん)は我々よりも話しやすく、女性として男性にはできないような話もできるので貴重な存在でした。
【編集部】今後また熊本へ行かれる予定はありますか?
(小川さん)あくまでも要請があればです。最初の応急処置、バンドエイドとしての役割は果たせましたが、動物病院はもうオープンしているので、これからの本治療は現地の先生方にお任せするほうが適切だと思います。
【編集部】動物病院はもうオープンしているのですね。
(小川さん)倒壊してしまったところが数件あるらしいですが、今はもうほぼ全てがオープンできているそうです。
(兵藤さん)東日本大震災のときと違って、物流が止まるということがそこまでなかったので、病院を開いても、お薬がなくて何もできないということがほとんど見られず、そういう意味では普通に戻っています。
(小川さん)私たちがいた頃からオープンしている病院は結構あったのですが、車がなくて行けないとか、行ってもオープンしているか分からないといった状況でした。
今後の熊本に必要な支援とは?
画像提供:アニコム損害保険株式会社
【編集部】今後、熊本でペットと暮らす方々にどういった支援が必要だと考えられますか?
(兵藤さん)現地でできることは現地でできるのが一番。押し付けになっても仕方がないので、自立できるのであればそれが一番だと思います。
(小川さん)熊本は局地的な被害で、外堀は問題のない災害だったので、現地の人が主導して進めていったほうが良い段階に入ってるんじゃないかと思います。
画像提供:アニコム損害保険株式会社
(兵藤さん)今後は、特に夏になってくるので、熱中症や、梅雨入りすると湿気が増え、皮膚病といった避難所生活や車中泊の人にとって辛いことが増えてきてしまうかもしれません。獣医療や動物のインフラという意味では、車中泊やテントで暮らしている方々への支援は中長期的に必要なことだと思います。
個人的には、報道がされなくなってきてしまうので、情報を取りにいくことや、気にしているとか、まわりの人と話すといったことは誰にでもできることだと思うので、そういうことは続けていくように心がけたいですし、まわりにも是非それを広げたいなというふうに思っています。
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「大切なペットが病気になったらどうしよう」
小川さんのお話のなかに出てきた “不安のカプセル” は、平常時にもペットと暮らす人の頭のなかには大なり小なり存在し、その “不安のカプセル” を解消するために生まれたのが、まさにアニコムの提供するペット保険と言えるのかもしれません。
そして、レスキューカーが誕生した経緯や、震災直後の熊本へ即座に支援に駆けつけた小川さんや兵藤さんのお話を伺い、アニコムという企業とそこで働く人達が心からペットと飼い主の幸せを願っていることを感じました。
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最後に、インタビューの途中に小川さんから伺った、熊本で出会ったある飼い主さんのお話をご紹介させていただきます。「放射能と老人」というドキュメンタリー番組のなかで、東日本大震災により離れ離れになってしまったおじいさんと愛犬の姿を見たこと、それによって感じた「東日本大震災のときに何もできなかったことの悔しさ」が熊本行きを決心したことに繋がっていると語った小川さんと、その飼い主さんとの間で交わされた会話からは、何か運命的なものすらも感じました。
小川さんが出会った、ある飼い主さんのお話
画像提供:アニコム損害保険株式会社
(小川さん)すごく印象に残っている飼い主さんがいるんです。この子の体調が悪かったわけではないのですが、ちょっとお話にということで来られた方でした。このお父さんが「この子とは絶対別れたくないと思った」って言うんです。地震が起こった瞬間に、まずこの子がどこにいるかを探して、すぐに一緒に家を出たんだと。「なんでですか?」と聞いたら、子供の頃に犬を飼っていて、その子が亡くなる間際に往診で先生に来てもらって、最期によしよしって撫でようとしたらガブっと咬まれてしまったらしいんです。なんでそうなったのかは分からないんですけど、そのことがすごくショックで、もっとその亡くなった子をかわいがってあげられたんじゃないかいうのが重荷としてずっと残っていて、数十年犬を飼うことができなかった。それがこの子と出会って、一緒に暮らすようになり、「今度こそ絶対に犬を粗末にしない、自分のパートナーであるこの子を絶対に助けたい」とおっしゃっていて、すごく印象に残りました。
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震災発生のような緊急時に大切な愛犬の命を守るためには、愛犬と暮らすわたし達一人一人がこれまでの震災から学び、平常時からきちんと備えや心構えをしておくことが最も大切です。
兵藤さんのお話にもあったように熊本に関する報道は少なくなっていますが、こちらのインタビューが「もしもの時、わたしたちは愛犬をどうやって守ればいいのか?」という課題について、愛犬と暮らす皆さんが改めてお考えになるキッカケになることを願います。
そして、熊本地震により被災された皆様と愛犬達の1日も早い復興をお祈り申し上げます。