文と写真:藤田りか子
初めまして!
スウェーデンに移り住み22年経ちます。今でこそ犬一頭との暮らしですが、それまでは、数頭の馬、猫たちに囲まれた、動物三昧の暮らしをしておりました。当然、その中でスウェーデンの様々な動物事情に接することになり、多くの経験を重ねました。
そこでまず感じたのは、北欧の多くの人々は 動物や自然と接するのがとても好きであるということ。ほとんど国民的ホビーになっていると言ってもいいでしょう。そのせいか、動物倫理や犬に対する考え方などが、他のヨーロッパ諸国と比べても、とても成熟しています。
北欧人の動物観というのは、今後、日本における動物文化を作り上げるプロセスでも、絶対に参考になると思うのです。たとえ文化が異なっていても、倫理やモラルというのは普遍的なものだからです。
というわけで、北欧の動物観や 、人々と犬との関係について現地からレポートをお送りします。
「あなた、 しつけ教室、行ってないの?」
スウェーデンに移り住んで始めて飼った犬、レオンベルガーのクマ(子犬時代)。レオンベルガーは北欧ではとても人気がある超大型犬だ。
初めてスウェーデンで犬を飼った時、今から20年近くも前になるのだが、私の若犬は、じゃじゃ馬で会う人、会う人に全て飛びついていたものだ。それを近所の人は、私に「ピシャリ!」と忠告をしたものだ。
「あなた、 しつけ教室、行ってないの?」
他人に向かって、そんなことをはっきり言う?なんて厳しい国…。
思えば、これぞスウェーデン人の動物への愛を象徴していた言葉ともいえよう。スウェーデンに長年住んでいるからこそ、今の私にはそれがわかる。彼らは犬のこととなると、人間に対して少々厳しい。だが、もの言わぬ動物のためには、本当はその方がいい。
だからと言って、スウェーデン人は人間に冷たいのか、と思えばとんでもない。社会制度は非常に整っている。男女雇用の平等度も他のヨーロッパ国に比べても高い。おまけに5週間の休暇もある…。そして何よりも日本では福祉国家として名高いではないか!
犬と人が社会でハーモニックに暮らすため
しつけ教室というのは、犬が社会で支障がないように暮らせるために、飼い主にそのトレーニングの仕方を教える場所。ここでは、他の犬に出会っても、反応せずに無視をして歩く練習。
人の幸福を保障する、という福祉の背景には、「誰もが人らしく生きる権利」を享受できる「社会の責任感」という考え方が控えている。この真面目な態度は、スウェーデン流動物福祉の世界にもつながっており、日本流の「愛護」とはまた性質を少々異にしている。
したがって動物の幸せを考える時も
「動物に動物らしく幸せに生きてもらうために、私たちには、どんな責任があるのだろう?」
というウェルフェアの視点が採用される。そしてその責任の一つに当たるものが例えば、前出の 「しつけ教室」だったりするのだ。「しつけ」というと日本では何かとネガティブに捉えられがちだが、スウェーデンのしつけ教室は、「おすわり」「お手」を教えることに始終するものではない。いかにして犬と人が社会でハーモニックに暮らせることができるのか、お互いのニーズを満たしながら、どう仲良くできるのか、その術やコツさらには犬の習性などを飼い主に伝授するところだ。この知識なしに、どうしてうまく犬と付き合っていくことができるのだろう。
質の良い食事や医療を与えるのも、もっともであるが、日常の付き合い方を知らずにして、本当の犬の幸せは達成できない。まず、犬の心理を知らなければ、まともに散歩すらできないだろう。そこで犬はリードを引っ張りまくるとか、会う人を会う犬を脅かす問題行動を見せることもある。 そんな風な振る舞いが続けば、飼い主は自然と、散歩に行くことにも躊躇をし始めるし、それだけ犬の行動範囲は 狭まれてしまう。最悪、飼い主はどうにも対処できず、ケージにずっと犬を閉じ込めたままにして飼う。あるいは、飼いきれずにシェルターに持ち込むこともあるだろう。これを食い止めるためにも、そして犬の幸福のためにも、飼い主に知識を与える場所はぜひ必要なのだ。
犬との信頼関係を築くための「しつけ教室」
私が所属しているグルムス・コミューン(自治体)にある、グルムス・ワーキングドッグ・クラブ。
日本でも、しつけ教室の普及はだいぶ高まっているが、全くの犬の初心者に情報が行き渡っているか、といえばそうとは限らない。一方で、スウェーデンでは、しつけやトレーニング教室は万人の施設。なんといっても、犬のしつけスクール自体がほとんどインフラみたいに社会に取り込まれている。しつけ教室は、全国各コミューン(自治体)につき一つの割合で存在するワーキング・ドッグ・クラブと呼ばれる非営利団体によって運営されている。全国で300の支部、6万人の会員数を誇る。料金もとてもリーズナブル。入会金一年で5〜6000円 。一つのコース(週に一回の8回コース)で1万円程度。しつけ教室への手軽なアクセスのおかげで、誰もが犬とのただしい付き合い方を学ぶチャンスが与えられる。
さて、私は、前述したよう近所の人に咎められてから、我が犬の思春期のしつけに関してもう少し真面目に取り組むようになった(パピークラスにはすでに通っていたのだが、もちろん、それだけでは十分ではないということでもある)。2年後には、私のその犬と一緒にオビディエンスの競技会に出るほどまでに、信頼関係を築き上げ、素敵なペアとして成長した。私ですら出来たんだ! 犬も幸せ、私も幸せ。スウェーデンの 犬を取り巻く この恵まれた環境のおかげだと心から感謝した次第だし、今もその気持ちは変わらない。
文と写真:藤田りか子
ドッグ・ジャーナリスト。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にて、カーリーコーテッド・レトリーバーのラッコと住む。人生のほぼ半分スウェーデン暮らし。アメリカ・オレゴン州立大学野生動物学科を経て、スウェーデン農業大学野生動物管理学科にて修士号を得る。 著者に「最新世界の犬種図鑑(誠文堂新光社刊)」など多数。新しい犬雑誌「Terra Canina(テラカニーナ)」編集及び執筆者