一石二鳥のバックステップ

文と写真:三井 惇

犬は普通前に進むことはあっても、意図的に後退することはあまりありません。
何をバカなことを言っているんだと言われてしまいそうですが、基本的な犬の動きは前足を前方に踏み出し、後ろ足がそれについていく動きを自然におこなっています。ごくあたりまえのことです。
でも、犬が後ろ足を下げて後ろに下がれるようになると、意外といいことがあるんですよ。

無意識な後退

いつも前進している犬も、時として自分から後ろに下がることがあります。
よく見られるのが、他の犬を遊びに誘うときです。お尻を持ち上げて前足を低くしながら相手を誘って後ろに下がります。いわゆる「プレイバウ」という形です。これは誰に言われたわけでもなく、自然に取る姿勢で、その際後ろに下がりながら相手を挑発して遊びにさそいます。

また、ボールを投げてくれと飼い主に催促するときも、2~3歩後ろに下がることがあります。「早く投げてよ♪」と飼い主の前をウロウロしたり、飼い主が投げようと構えると少し後ろに下がってみたり。これも無意識に後ろ足が動いている状態です。

犬同士で引っ張りっこ遊びをしている時も、人間の綱引きと同じように、お互い噛んでいるおもちゃを取られまいと後ろに下がろうとします。

日常的に意外と便利なバックステップ

実は、この後ろに下がるという動きを意識させて犬に教えると、いろいろな場面でとても便利なんです。

例えば玄関から出ようとしたとき、犬が人より先にドアの隙間に鼻を突っ込んでいるなんてことありませんか?そんな時、「マテ」で止まったとしても、すでに玄関前に陣取っている犬が邪魔で外に出られないので、ついつい犬を先に出してしまうことになったりしていませんか?
どんなドアでも、犬の安全を考えると、人が先に出てから犬を呼びよせることを習慣にしておくと、急に車道に飛び出すという危険を回避することが出来ます。そこで、「マテ」と声をかけたあと、「下がって」や「バック」と言って犬を2~3歩下げるだけでも、人の動きはスムースになります。

両手いっぱいに買物をして帰ってきたとき、家の廊下で大歓迎しようと待ち構えている犬。「どいて」と言って部屋に入ってくれればいいのですが、ぴょんぴょんしながら興奮する愛犬に、「バック」と言って道を譲ってもらえるととても助かります。押せばどくから必要ないとおっしゃる方もいるかもしれませんが、言葉を理解して動いてくれると押したり、前脚を踏んでしまうことなく、犬に動いてもらうことができます。

バックステップの効果

「『犬が後ろ向きに歩くなんて不自然な動きは覚えなくて宜しい!』とおっしゃる方はスルーしてくださいね♪」とは今回は言いません。なぜなら、バックの足づかいは犬のボディバランスにとってもいいからです。

元々前進する犬たちは前輪駆動なので、どうしても後肢の衰えの方が速くなります。シニアになって目に付くのが足腰のふらつきです。人間と同じで、だんだんと腰が曲がるような感じに後ろ足が前方に入り込んで、四本足でしっかり立つということが厳しくなってきます。もちろん老化を防ぐことは出来ませんが、遅らせることは出来ます。日常的に後肢を後ろに引くという動きをすることで、後ろ足の可動域が増えて、筋力もアップするからです。

バックステップの教え方

いろんな時に便利な「バック」ですが、もちろんドッグダンスでは必須のムーヴです。ドッグダンスでは曲がらないように犬だけでバックできるようにいろいろ工夫しながら教えていきますが、そこまで厳密にならなくても、「後ろ足を下げる動きがバックだよ。」と教えてあげるだけで日常的には問題ありません。

では、まず何から始めましょう。
ついつい愛犬と向かい合って「バック」と言ってしまいそうになりませんか?そこでもし愛犬が後ろに下がったら、その子は天才です!もう何も教えることはありません。

ただ、もし「ママ、何言ってんの?」という顔をしたら、その子はふつうです。
もし、オスワリしたり、伏せたり、いろいろ見せてくれたら、その子はただの食いしん坊か早とちりです。

まず最初に犬たちに覚えて欲しいのは、後ろ足を後ろに引くという動作です。人間と違い、口で言ってもわからないので、自分から無意識に後ろに足を引かせるように誘導します。犬を誘導するときは犬の鼻先におやつなどを持って行って動かす方法がありますが、今回は後ろ足を下げると言う動きなので、急に後ろに向かっておやつを動かしても、首を回してしまったり、オスワリをしてしまったりしてうまくいきません。

ドッグダンスの場合は曲がらないように長距離下がるという正確性が重視されるので、私の場合は左右のヒールポジションから犬が後ろに下がる動きを引き出しますが、今回距離は必要ないので、犬と向かい合った状態から簡単にバックを教える方法をご説明しますね。

おやつを持つのは一緒です。鼻先に見せるのも同じです。人間が自分の体の前で両手をバレーボールのレシーブのように合わせておやつを持ち、その手がちょうど愛犬の鼻の高さに来るようにして、自分が少し後ろに下がりながら犬について来させます。上手について来られたら持っていたおやつを愛犬にあげます。

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両手を体の前であわせ、犬の鼻先におやつを見せて誘導します。

同様の動きを繰り返す中で、今まで後ろに下がりながら歩いていたのをやめて半歩前に踏み出します。つまり愛犬を少し押すような感じですね。

007-2
ハンドラーが後退する合間に、半歩前に踏み出すようにします。

ここでギュウギュウ押してしまうと犬は横にそれたり座り込んだりと、こちらが望んだ動きを見せてくれないので、ちょっと引いてはちょっと押すという動作を繰り返します。すると、犬は押されると感じたら、自分から後ろ足を少し下げるようになります。この最初の一歩を見たら、しっかり褒めて持っていたおやつをあげるのです。どうです?簡単でしょう。

何回か繰り返していると、犬は人間が止まった時、今度は自分の方に前進してくると予想し後ろ足を下げる動きを見せるので、その瞬間に「バック」や「下がって」のキューをのせていくのです。
最初は一歩、二歩程度ですが、馴れてくると次第に犬も数歩下がれるようになります。

 

ポイントは手に握ったおやつの高さと、握った手を出来るだけ左右に振らずまっすぐ持つだけ。
毎日ちょっとずつ練習すると、数日で「バック」の意味を犬が理解するようになります。
曲がらないで下がるようにするにはまた別のテクニックが必要ですが、とりあえず、「バック」と言えば後ろに2~3歩下がってくれるので日常生活も便利になりますよ。
お暇な時に試してみてくださいね。

ABOUTこの記事をかいた人

三井 惇

ドッグトレーナー(CPDT-KA) ボーダーコリーと出会ってから生活が一変し、現在4頭目と5頭目のボーダーコリーとドッグダンスやオビディエンス(服従訓練)を楽しむ一競技者。