愛犬や愛猫といった動物と暮らしていると、突然咳が止まらなくなったり、体をしつこく舐め始めたりといった飼い主が不安になる症状や行動に見舞われることがあります。あるいは目を離した隙に食べてはいけないものを食べてしまって冷や汗をかいたという経験をお持ちの方も少なくはないのではないでしょうか。
そういった飼い主の不安を解消しようと、リクナビやホットペッパーなどの様々なサービスでお馴染みの株式会社リクルート ホールディングス(以下、「リクルート」)から、新たなサービスが登場しました。
サービス名は「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」。
物心ついた頃から犬や猫をはじめとした色々な動物に囲まれて育ち、その後初めて自分で犬を飼い始めてから経験したある出来事がサービス開発に繋がったという、リクルートの小早川 斉(こはやかわ ひとし)さんにサービス内容やサービスに込めた想いを伺いました。
「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」とは?
「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」の事業責任者であるリクルート Media Technology Lab. の小早川 斉さん
【編集部】はじめまして。本日はよろしくお願いいたします。まず始めに「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」というサービスの概要を教えてください。
犬や猫といったペットに体調不良などの症状が見られた際、飼い主さんにスマートフォンの動画機能を用いて症状を撮影して送っていただきます。その後、最大24時間以内に獣医師から想定される緊急度や原因、家でのケア方法などを返信するというサービスです。またお住まいの近くにある、症状に合った専門病院や得意とする病院を紹介することも行っています。
【編集部】動画というのは獣医師にとっても分かりやすくて良さそうですね。
実は、自分が飼っている犬を動物病院に連れて行った際に、獣医師から「スマホで動画を撮ってきて」と言われたことがありました。獣医師は症状の様子を見ることによって最も正確な診察を行うことができるのですが、ペット達は必ずしも診察台の上で家で起きた症状を再現してくれるわけではありません。そのため正確な診察のためには、連れて行くよりも動画を持って行ったほうが良いという場合も多いのです。
出典:https://petsallright.net
更に、動画と併せて専用の問診票に入力して送っていただくことによって、ご相談の履歴が蓄積していくので、ご利用いただければいただくほど品質が高まるようになっています。
付帯サービスとして、1年ご継続いただくと、ほぼ全国の都道府県・市町村区の動物病院で使える健康診断チケットをお贈りさせていただいています。こちらの健康診断結果もデータで蓄積するため、長く利用すればするほどアドバイス精度が上がります。
【編集部】先程、ご自身の犬のお話が出ましたが、その辺りも含めて小早川さんのご経歴などを教えてください。
高校時代に短期留学をしたイギリスで出会った中国からの留学生に恋をして、大学は中国語学科に進学しました。大学を卒業後、不動産の売買と賃貸の仲介営業、リフォームや施工管理の現場を経験した後に、自分でリフォーム会社を立ち上げて3年ほど会社を経営していました。一級施工管理技士と宅建(宅地建物取引士)の資格を持っています。その後、2012年11月に新卒の頃から働いてみたいと思っていたリクルートへ中途入社しました。
動物との関わりについてお話しすると、まず実家には生まれたころから犬がいました。マイケル、クロ、チョコ…、犬と猫、うさぎや亀に文鳥など実家では10匹以上の動物達と暮らしていました。実家の近くで飼えなくなった犬がいたり、捨て猫を拾ったという人がいると、なぜかうちの実家に連れてきて、母がそれを引き取って育てているうちに増えていきました。
今は自分でポメラニアンの兄弟と暮らしています。4歳の頃に飼えなくなってしまった前の飼い主さんから引き受けて、間も無く11歳になります。
実体験から生まれた「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」
【編集部】ご自身が犬と暮らしていることは、やはりサービス開発のキッカケになったのですか?
はい。ある日、片足を上げて歩いていたのでかかりつけの動物病院へ連れていったところ「脱臼」と診断されました。ところが、その後に引越しがあったので他の動物病院で診てもらったところ、「癌」という診断結果でした。
その経験から獣医療やペットを取り巻く環境について自分なりに調べてみたんです。すると、今は15歳未満の子供人口よりも多くの犬猫が飼われていて、1頭あたりにかける金額も増えているなど、ペットマーケットは様々な可能性を秘めていることが分かりました。同時に多くの「不(生活者の方々の不満や不便、不安など)」も存在しています。そのなかでも医療費や医療ニーズの高まりといった分野には「不」が大きいと感じました。
例えば、うちの愛犬の癌を発見してくれた獣医師は「腫瘍科を得意とする先生」でした。診療精度を高めるためには適切な病院を選択することが重要ですが、現状は特に専門分野を持たないかかりつけの動物病院でペットを診てもらうという飼い主さんが一般的なのではないでしょうか。
出典:https://petsallright.net
そういった「不」を解決するために、まずはインターネットを通じた相談による振り分けをして、最適な獣医師とのマッチングを行うことのできるサービスを企画し、2015年の5月にリクルート社内の新規事業開発プログラムであるである「Recruit Ventures」への起案を始めました。ゼクシィやR25、受験サプリなどの新規事業を生んだ30年くらい続いている社内制度です。
毎年数百件のエントリーがあるのですが、なんとか狭き門をくぐって事業化まで辿り着くことができました。ただ、事業化したとはいえ最初の1年間は実証実験期間ですし、飼い主の皆さんにより良いサービスを提供し続けていくためにはまだまだ気は抜けません。
【編集部】数百件のエントリーのうち事業化まで辿り着くのは1桁台と伺ったことがありますが、どういった点が評価されたのですか?
まずは、新規事業として成り立つかということを短期間で検証することができたという点はもちろんあります。
ただ、「Recruit Ventures」で新規事業を評価する際には、ただ儲かればいいというものではなく「世の中の『不』を解決できるのか?」という点が重視されます。
リクルートの卒業生であるアニマル・ドネーションの西平さんとお会いして色々な方をご紹介いただいたり、獣医師会の年次大会に参加させていただくなかで、ペット業界には外から見ると疑問に思うことが数多くあると気付きました。それらを解決することが社会的にも意義があると評価されたのだと思います。
【編集部】サービスを立ち上げるにあたって苦労された点や工夫された点、こだわった点などを教えてください。
「本当にWEBを通じて、動物の体調を診れるのか?」という点については様々な方法を検証しました。チャットやTV電話など色々な手段を試したのですが、チャットでは飼い主の皆さんが症状を伝えるのが難しい、TV電話だとそのときに症状が出ないといった課題があり、現在のスマホで動画を撮影して送っていただくという方法になりました。
飼い主の皆さんだけではなく、獣医師の皆さんがどういった情報を必要としているのか、どういった機能であれば使いやすいのかといったこともヒアリングし、サービス開発にフィードバックしています。
また「有料サービス」という点にはこだわっています。今はインターネットを通じて、ペットに関する様々な情報を無料で得ることができますが、怪しいものも多いのが実情です。しかし専門家ではない飼い主の皆さんが正確な情報を取捨選択することは難しい。飼い主の皆さんの疑問に専門家である獣医師が回答し、回答した獣医師にお金が還元される仕組みを作りたいと考えています。有料にすることで責任も生じるので、結果的に獣医師も高いレベルの回答を返すようになることを狙っています。
「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」の目指すところ
【編集部】「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」の今後の展開や目指すところを教えてください。
今秋を目処に、体重や心拍、呼吸回数や体温などのバイタル管理ができる機能を追加予定です。何かがあって動物病院へ行った時に普段のバイタルを把握できていることが正確な診断のためには大切だからです。
通院時には獣医師に診察結果の記入をお願いしたり、引っ越しなどで動物病院が変わっても既往歴を獣医師間で共有できるような仕組みを作っていきたいと考えています。
また、「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」によって最適な獣医師とのマッチングを成立させるためには、それぞれの獣医師に専門分野を掲げていただくことも必要になります。全国の獣医師会を巡ったり、獣医師の方々とお会いさせていただくなかでそういった啓蒙活動も行っています。
将来的には医療関連だけではなく、ペットと暮らすために必要な様々なアドバイスやモノの提供をしていきたいと考えています。それが「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」という名前の由来です。
また、個人的にノッツ(公益社団法人Knots)やアニドネ(公益社団法人アニマル・ドネーション)のお手伝いもしているのですが、そういった活動も通じて、ペット業界の健全な成長のために貢献していきたいと思っています。
インタビューを終えて
これまでにもペットの平均寿命の延びや医療費の高まりを受けて、いくつかのインターネットを活用した医療系の類似サービスが生まれていますが、いずれもメジャーサービスとなるには至っていません。
しかし、これまでに進学や就職、結婚や不動産選びといった多くの業界の常識を塗り替えてきたリクルートならば、ペット業界にも変革をもたらしてくれるかもしれません。
そしてなにより、愛犬の命に関わる病気の誤診という実体験をもとに生まれた「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」には、ペットにとっての最適な獣医療を提供したいという、小早川さんの真摯な想いやこだわりが詰まっていました。実際に動画を撮って送ってみると、驚くことに30分から1時間もすると獣医師からの返信が返ってきます。
多くの飼い主や獣医師の声に耳を傾けながら、サービスのあくなき改善を繰り返す「PET’S ALL RIGHT(ペッツオーライ)」は、愛するペットに健康で長生きしてほしいという ペットと暮らす全ての人の共通の願いに応えるサービスになっていくのか。これからの動きにも注目です。