犬のトレーニングにもフィーカ。スウェーデン人のメンタリティから学ぶ、犬との付き合い方

文と写真:藤田りか子

日本でも「フィーカ」というスウェーデン独特の文化が最近知られるようになった。

ついには『スウェーデンの伝統的な休憩「fika(フィーカ)」で生産性を上げよう』などと日本のビジネスシーンにまでこの文化が紹介されていたのには驚いた。

スウェーデンの文化、フィーカ

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ノーズワークの競技会で自分の番を待っている間、フィーカ(一服)をしてゆるりと時を過ごす。愛犬のノーウィッチテリアも、これで緊張を感ぜず、競技前にリラックスできる。スウェーデン人、フィーカが必要な時になれば、どこでだって、フィーカをする。ここ、駐車場なのだが。愛犬にマットを敷いている思いやりに注目。皆でリラックスしよう、という魂胆。

フィーカというのは単純に言うと、「お茶する」「コーヒーブレーク」という意味なのだが、それだけではなく、ある意味、スウェーデン人の気質も表している言葉だ。

どんなに忙しくても、とりあえず一服する。勤務している人も、授業を受けている大学生ですらもそうだ。10時になると、デスクから離れ、授業を切り上げ、一服。誇張などではなく、スウェーデン人は本当にフィーカが好きだ。日常のことなのだが、メンタルバランスに欠かせない「かなり大事なもの」として、文化に根付いている。

さて、このスウェーデン人の「フィーカ精神」は、実は、彼らの犬との付き合い方にも大きく息づいているようだ。兼ねてから 私は

「スウェーデン人って、犬との付き合い方の勘が、どうして皆おしなべていいのだろう」

「どうしてたとえ犬の初心者でも、そこそこに犬が扱えるのか?」

と思いめぐらしていた。が、 おそらくこの「フィーカ精神」にこそ、答えを見出せそうなのだ。

フィーカの精神を犬との付き合いにも

犬のトレーニング(しつけ)では、飼い主が猪突猛進、がむしゃらに行う、というのは、ご法度である。そう「体育会系の精神」とは逆を行く。ある程度やって、そして肩の力を抜く。そしてリラックス。このリラックスに当たるものが、スウェーデンのフィーカだろう。ただし、同じリラックスでも、ニュアンスとしては南ヨーロッパのシエスタとやや異なる。リラックス(フィーカ)して、目の前にあるものから少し離れろ、という意味。そうすると、狭くなっていた視野は、また元どおり広くなり、周りを見渡すことができる。自分の犬が何をしているか、あるいは自分が何を犬にしているのか、またゆっくりと見渡すことができる。

この休息は犬にとってもメリットとなる。リラックスしている間、時間が与えられ、その間に、教わったことを消化することができる。これでもか!これでもか!と間髪いれずビジバシしごくのは、かえって犬のモチベーションをくじいてしまうし、おまけにそんなやり方では犬はより人から離れていく。動物のメンタリティは人間のそれとは、やや異なる。

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トレーニングを一通りこなし、「さて、フィーカにしましょう!」と参加者は、椅子を持ち出し、持ってきたサンドイッチやマフィンを頬張り、コーヒーを飲む。この後、またトレーニングが再開する。この間の取り方、トレーニングでとても重要!

 

ドッグクラブでトレーニング教室や、特定のインストラクターの元で レトリーバー用の フィールドスポーツのコースをよく取る。その時も、ある程度練習が進むと、インストラクターは

「さて、じゃぁ、この辺でフィーカをしましょう!」

と、一時トレーニングを中断する。と、参加者一同、車に戻り、ごそごそと水筒と椅子を取り出し、アウトドアでぐるりと囲む。チーズを載せたクネッケブレッド(ハードブレッド)を頬張りながら、皆がコーヒーを飲みだす。

私は20年以上も住んでいるくせに、相変わらず、このフィーカの癖がつかなくて、トレーニング・コースに出るたびに、

「あ、しまった!今日も、コーヒー忘れた!」

というわけで、コースの友人からコーヒーを分けてもらっている。

これは私にコーヒーを飲む習慣がないのではなく、犬のトレーニングをしている間にコーヒーブレークをするというアイデアがなかなか身につかないためである。

犬の競技会の待っている間ですら、リュックサックからコーヒーを出して飲みだす人もいるのだから、これはすごい。それも駐車場で。でも、それが犬にいいのは、明らかだ。ハンドラーとして飼い主が競技会を前にして緊張していれば、それは犬に簡単に伝わる。すると犬も「自分も何か緊張しなければならないのだ!」といつもの集中力を失い、うまくパフォーマンスをこなしてくれなくなる。

犬との付き合いは、人が犬をやたらと追いかけるだけではダメである。時にはちょっと肩の力を抜いて、距離を置くのも大事だ。スウェーデン人のメンタリティそのものという気がする。

ABOUTこの記事をかいた人

藤田りか子

ドッグ・ジャーナリスト。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にて、カーリーコーテッド・レトリーバーのラッコと住む。人生のほぼ半分スウェーデン暮らし。アメリカ・オレゴン州立大学野生動物学科を経て、スウェーデン農業大学野生動物管理学科にて修士号を得る。 著者に「最新世界の犬種図鑑(誠文堂新光社刊)」など多数。新しい犬雑誌「Terra Canina(テラカニーナ)」編集及び執筆者