キノコ狩りとスウェーデンの森

文と写真:藤田りか子

秋といえば、キノコ狩り。日本に古くからある自然の中の楽しみ事でもあるだろう。なんと北欧のスウェーデンでもキノコ狩りは盛んだ。北欧には一万種以上のキノコが見つかるということだが、そのうち食用になるものは、約100種。 日本は4〜5千種のキノコが生えそのうち食用キノコは北欧同様に約100種。

ただし売っているキノコというと、スウェーデンにはマッシュルームぐらいしかない。日本のスーパーマーケットの方がキノコの種類は豊富だ。代わりにスウェーデンでは、皆が自分で勝手に摘むのである!だからキノコを狩るという文化の浸透ぶりは日本以上なのだ。皆、散歩がてらにキノコを摘む。もっともそんなことが可能なのは、国が森だらけという事情による。住宅地だって、大抵その周りには程度の差はあれ、 森が存在する。わざわざ 遠出をせずとも、その辺でキノコを摘めるという環境は本当にありがたい。

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こうして犬と散歩していると、黄色いカンタレールに出会うことがよくあるのだ

私もキノコの季節になるとたとえ「犬散歩、今日は面倒くさいな…」と一瞬思っても(毎回散歩が楽しいわけじゃない)、キノコを摘める!というモチベーションで 森に出て 犬と歩くことになる。緑のコケの間から鮮やかな黄色いカンタレール(日本語では「あんずたけ」)を見つけ出すたびに、欲が深まり「もう少し見つかるだろう」とさらに森を歩き進めるのだ。散歩がながなか終わらず、犬にとって嬉しいのは言うまでもない。

キノコを探す犬

というわけで、スウェーデンの多くの犬の飼い主にとって、キノコというのは全く無縁な存在ではない。それどころか、さらに突っ込んで犬とキノコの関係を極めている人もいる。どうせなら、犬にキノコを探させようじゃないか、と。そう、自分の愛犬をキノコ探知犬にする!

キノコ探知犬を育てるためのトレーニング教室は、実は多くのドッグ・スクールで設けられている。ただしスクールに犬だけ送ってプロのトレーナーに訓練してもらう、なんてそんな怠惰なことをスウェーデン人は考えない。 スーパーにキノコが売っていなければ森に行って自分で見つけ出してくる精神の持ち主だ。 キノコ探知犬のトレーニングも自分で行う!スクールでは、どうやって犬にトレーニングをするのかそのハウツーを飼い主が学ぶ場にすぎない。だからコース自体はたいてい二日ぐらいで完了する。だが、犬が一種類のキノコのニオイを覚え、見つけたら告知をする、という風に到るまでには数週間から2ヶ月ぐらいのトレーニングが要される。

キノコ探知犬の本

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ヘレナ・アンダーション著「僕のキノコ探知犬としての犬生について」(題名の邦訳は藤田りか子による)

さて、スウェーデンにはキノコ探知犬のインストラクターの中でも名物的先生がいる。セーデルマンズ県(ストックホルムの西に位置する)に住むヘレナ・アンダーションさん。なんと愛犬のシッゲの代わりに「僕のキノコ探知犬としての犬生について」という本を代筆もした!

小さい頃から森と関わるのが大好きで、キノコ狩を趣味にするほか、地元のハイキング・リーダーも務めるヘレナさん。2006年に保護犬のシッゲを引き取り、何か意味のあるアクティビティを与えるつもりで、キノコ探知犬としてトレーニングをしたのがきっかけ。シッゲはその後、カンタレールやカール・ヨハン(イタリア語でいう「ポルチーニ」である)といった食用キノコの数々を見つける素晴らしき探知犬となった。ヘレナさんは、シッゲへのトレーニングでの経験を活かして春から秋にかけてコースを開催しているのだ。

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シッゲが見つけたカールヨハン。カールヨハンというキノコはイタリアではポルチーニと呼ばれているとても風味の良いやや松茸に似たキノコ。スウェーデンでは豊作の年もあり、そんな時は摘まれたカールヨハンはイタリアに輸出される。Photo: Helena Andersson (http://skogsraets.se/index.html

多くの人はキノコ探しをトレーニングしているといっても、たいてい一種類のキノコ(カンタレールがその代表)のにおいを教えるに止まっている。ヘレナさんのすごいところは、約10種ものキノコのにおいをシッゲに覚えさせた点だ。なんとシッゲ は、キノコの種類によっては、見つけたら一個くわえて、それをヘレナさんに見せにくるという。そして、そのキノコのある場所まで案内してくれるというのだ!それを彼は自然に覚えてしまったという。これぞ、まさに犬の人と協調して働く能力の 見せどころである。

残念なことだがシッゲは今年12歳でその犬生の幕を閉じた。ヘレナさんにとっては特別な存在の犬であっただけに、悲しみもひとしおだが、最近 新しい犬、ボーダーコリーのヴィルマがやってきた。今後のヘレナさんのキノコ探知犬になるということ。そして来年春からヘレナさんが開催するキノコ探知犬教室にもアシスタントとして参加してもらうそうである。

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とったキノコはバターソテーにしてこんな風にオープンサンドイッチに載せて食べるのが北欧風!

ABOUTこの記事をかいた人

藤田りか子

ドッグ・ジャーナリスト。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にて、カーリーコーテッド・レトリーバーのラッコと住む。人生のほぼ半分スウェーデン暮らし。アメリカ・オレゴン州立大学野生動物学科を経て、スウェーデン農業大学野生動物管理学科にて修士号を得る。 著者に「最新世界の犬種図鑑(誠文堂新光社刊)」など多数。新しい犬雑誌「Terra Canina(テラカニーナ)」編集及び執筆者