スヌースとドッグトレーニング

文と写真:藤田りか子

スヌースというスウェーデン名物とも言われる無煙タバコをご存知だろうか。 粉末になったタバコの葉を上唇と歯茎の間に入れてニコチンを楽しむものだ。「嗅ぎタバコ」とも日本では呼ばれることもあるが、決して鼻で嗅ぐものではない。

私は一度もタバコを吸ったことがないのだが、にもかかわらずスウェーデンに最初にやってきた時、学生パーティでスヌースを勧められたのがその初体験となった。上唇の内側、つまり前歯の歯肉のところで挟んでおくから、鼻下がなんだかもっこりしてシンプソン家のホーマー君のような顔になる。初めてデートする相手の前では控えたくなるだろう。歯茎の血管から直接ニコチンが摂取されるので、初めての人にはかなり強烈だ。

スヌースにはこの写真のようにルースとティーパックのような小袋に入ったポーションタイプがある。ルースではこれを指で1cmぐらいの玉にして丸めて上唇の中にグイと押し込む。ただし今回大事なのは中身ではなく、実はこの容器!

なぜドッグトレーニングに?

さて、そのスヌースと北欧の犬生活がどう関係するのか?スヌースは写真のように丸い紙容器に入って売っている。この中に湿ったタバコの粉末が入っているのだ。その容量およそ42g。ポケットに入りやすい直径7cmほどのサイズであるのは偶然ではないだろう。ヘビーなスヌース愛好家であれば、一日1パックを消費するもの。そして後に残るのは、かなりしっかりとしたこの容器。紙のリサイクルに一緒に出すこともできるが、何かに活用してもいいのではないか。というわけで、犬愛好家の間ではトレーニング・グッズとして使用されている。これ、他のどこの世界にもないスウェーデンだけの犬文化だ。

多くの人はこれに細かく刻んだソーセージやジャーキーなどのおやつを入れてポケットに忍ばせておく。もちろん最近ではナイロン製のトリーツ袋もあり、それを腰に引っ掛けておく方法もあるが、いや、あえてそのようなファンシーなものを買わずにこの紙容器を再利用するところに北欧のスヌース&ドッグ愛好家のライフスタイル道というものがある。

共同作業のツールとしても

たとえばオビディエンスなどを教えている時も、物品ご褒美としてスヌースの容器を使うのも一つの方法だ。上手にアイコンタクトを取って歩いたら、この容器をポケットから出してすかさず投げる!つまりボールの代わりにこの容器。ここでも直径7cmというポケットサイズが活きてくる。犬は待ってました!と喜んで容器を取りに行く。そしてこちらにレトリーブをして持ってきてくれたら、飼い主は犬の口から容器を取り出し、蓋を開けて中に入っているトリーツを一粒与える。なんともったいぶっているんだろう。でも犬にとってはこれが面白い!それにご褒美だからといって犬に勝手に遊ばせておくのではなく、「持ってきたら、トリーツももらえるんだよね!」という共同作業の楽しさを犬にさらに学んでもらうこともできるのだ。もちろんこの投げる容器はスヌースの空き箱である必要はない。皆さんも、同じような小箱を見つけて、トレーニング&遊び、をやってみるのはいかがだろうか。あるいは、小箱を茂みに隠して、それを探させる、という風にも使える。持ってきてくれたら、中身のトリーツを取り出して、ご褒美。犬にとっては飼い主の周りで楽しいことづくめだ!

ノーズワークのサーチツールとして

スヌースの空容器を並べてノーズワーク!このうち一つにアロマが隠されている。

私はスヌースはやらないのだが、ボーイフレンドがかなりヘビーなスヌーサーなので、彼の自宅には空容器がそこここに転がっている。なので、これらを再利用、ノーズワークのコンテイナー・サーチの為のトレーニング道具として使用している。 アロマの匂いを含ませたフェルトを入れて蓋を。蓋には穴を二つほど開けておいて、ニオイが漂うにしている。いくつか並べて正しいもののところに鼻がきたらクリッカー。容器を一つずつ丹念に匂い探す愛犬をみるのはとても楽しい。そしてこれ、必ずしも簡単ではない。犬によってはにおうのではなくくわえ始めようとする子もいる。小さくてちょうど口に入れたくなるサイズだからだ。それはノーズワークの競技会ではNG!その意味で良い練習にもなる。

ところでスヌースはかなりニオイが強い。それが入っていた容器をトリーツを入れにしたり、ノーズワークのコンテーナーとしたりして使えるのか、と疑問に思う向きもあるだろう。容器の中はワックスが塗られており、湿気が外に出ない仕組みになっている。また蓋はプラスチックだ。だから、冷たい水で石鹸を使って洗えば、タバコの粉をきれいに取ることができるし、ニオイもかなり取れる。しかし私としては、ノーズワークもかなりトレーニングが進んできたので、たとえ変なニオイがしていても、果敢にアロマのニオイを見つけるというぐらいのガッツを犬に持って欲しいと思う。だから、スヌースの香りが少々残っているのは、ちょうどよい練習になる。

※タバコの葉が入っていた容器を使うのは犬の健康に良くないのでは、と心配される向きがあるかもしれないが、容器にはワックスがかけられているので綺麗にタバコの葉は洗い落とせる。ちなみにスヌースのニコチン含有量は0.5%-1%。体重1kgに対してニコチン10mgで犬は中毒を起こしてしまう。すなわち30kgの犬であれば300mgのニコチン。300mgのニコチンとは、スヌース30gに当たる。ちなみにひとつの容器のなかには42gのスヌースが入っている。

ABOUTこの記事をかいた人

藤田りか子

ドッグ・ジャーナリスト。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にて、カーリーコーテッド・レトリーバーのラッコと住む。人生のほぼ半分スウェーデン暮らし。アメリカ・オレゴン州立大学野生動物学科を経て、スウェーデン農業大学野生動物管理学科にて修士号を得る。 著者に「最新世界の犬種図鑑(誠文堂新光社刊)」など多数。新しい犬雑誌「Terra Canina(テラカニーナ)」編集及び執筆者