パピーはすくすく、ブリーダー宅訪問とフィーカ

文と写真:藤田りか子

北欧にはペットショップにおける生体販売はない。子犬を欲しいと思えば、まずはブリーダーから得るのが一般的だ(ただし東欧から密輸された犬を買う不真面目な人も存在する)。日本でその話をすると

「ブリーダー、信用できるんですか」

と眉をひそめられてしまうこともある。

さて、スウェーデンではほとんどのブリーダーは犬の繁殖で生計を立てているわけではない。ここが日本との一番の違いではないかと思う。大抵はホビー・ブリーダーだ。ホビーといっても、彼らの知識は、かなりマニアック。犬種博士みたいな人も珍しくはない。 それゆえに、ブリーダーは真面目で良心的な人が多い。なんといっても自分の大事なホビー!

のみならず、ケネルクラブからブリーダーに課されている様々な規則もある。北欧のブリーディングの事情や規則についての詳細はいずれの機会に譲るとして、今回は、どうして「真面目な」ホビー・ブリーダーから子犬を得ることにメリットがあるのか、を私の経験からお話ししよう。

フィーカが絶え間なく!

私の友人でもありトレーニング仲間でもあるSさんは、レトリーバー種のブリーディングをしている。本職はもちろん他にある。 そして彼女こそまさに犬種博士とも言えよう。一つの犬の血統書名(彼女が扱っている犬種内で)を出せば、その両親犬の名前をそらで言える。のみならず、 どの血統が癲癇になりやすい、とか、どの犬が重度の股関節形成不全を患っているのか、そういった情報も全て彼女の頭にインプットされている。まさに歩く「血統データベース」といってもいいだろう。

そのSさんのところで先月子犬が産まれた。3週齢になったぐらいの頃から、子犬を欲しいという人たちを、Sさんは自宅に招き入れる。もちろん招かれた人々は一度ならずとも何回か足を運ぶ。私もその一人だ。 そしてどの子が自分にぴったりなのか、成長追う。 犬を欲しいという人のみならず、Sさんの犬友人達も「パピーを見たい!」と、やってくる。そう、根本的にケネルへの訪問者はひっきりなし。お家に客が来れば、その後のフィーカでのおしゃべりも欠かせない。そりゃ、やっぱりスウェーデンだもの。

「毎日、誰かが出たり入ったり。その度にフィーカ・ブレッド(コーヒーを飲みながら食べるシナモンロール、マフインやケーキなど)を出さなきゃいけない。最近、ベーキングばかりやらされているわ」

とSさんのお母様はこぼしていた。

訪問者が来ると、フィーカをおもてなす。パピーの囲いは居間の隣に設けられている

家庭ですくすく育つ

パピーの囲いに次々と家族の犬が覗きにやってくる。特にメス犬はお守りに参加したくてたまらないよう!

パピーたちは、Sさん宅のパピールームという6畳ほどの部屋に設置された囲いの中で母犬とともに暮らしている。囲いといっても3畳ほどの広さ。やってくる人は、ただし子犬をやたらに抱いたり触りまくったりするわけではない。その点はいちいち注意されずとも、振る舞い方を皆わきまえている。人々は 囲いの外、時には中に入って、パピーを見ながらSさんとあれこれとおしゃべりに興じる。もちろん話題は犬! Sさんのところには、母犬の他に2頭ほど雌犬がおり、その犬たちも、母性本能がくすぐられるのか、子犬を構いにちょくちょくと囲いの中に入ってゆく。人も犬も皆一緒に 「ほんわか」と子犬期を過ごすのだ。5週目にもなると、囲いに入った途端、パピー達はわ〜と寄ってくる。私たちはこの歓迎を「嬉しい」と思うのだが、母犬は、時々パピーがうざったくなるらしく、乳を与えたら、さっさと囲いから出ることもある。この母犬の行動の自由については、実はケネルクラブの指導書にも定められている。つまり母犬が出たり入ったり出るよう、子犬の囲いは設計されるべき、と記されている。

6週目のパピーたち、初めて外の土を踏む!たくさんの訪問者と犬たちに囲まれて

こんな風に人々と犬達に囲まれながら、パピーたちは飼い主の手元にわたるまでの8週間を過ごす。この間、色々なことを聞き、匂い、見る、という経験をすることができるのだ。形成期の脳は刺激を与えられ、子犬はどんなに豊かに育ってゆくことだろうか。この中で好奇心が培われ、そして社会性が養われる。人間に囲まれていることに安心感を覚える。このお膳立てをしてもらってから、一般家庭に羽ばたいてゆく。きちんとしたブリーダーに育ててもらった子犬たちは生きる上で素晴らしいアドバンテージをもらっていると思う。もちろん、飼い主にとっても、暮らしやすいのは言うまでもない。

ABOUTこの記事をかいた人

藤田りか子

ドッグ・ジャーナリスト。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にて、カーリーコーテッド・レトリーバーのラッコと住む。人生のほぼ半分スウェーデン暮らし。アメリカ・オレゴン州立大学野生動物学科を経て、スウェーデン農業大学野生動物管理学科にて修士号を得る。 著者に「最新世界の犬種図鑑(誠文堂新光社刊)」など多数。新しい犬雑誌「Terra Canina(テラカニーナ)」編集及び執筆者